2016年01月04日

マニック・マンデーのための覚書

 千石モールという商店街がある。
 商店街の入り口にアーチが立っていて、入ってすぐのところにセカンドビートというレコード屋さんがある。その手前にシンバルというイタリアン・バルがある。この二軒に時折行く以外は、自分にとってもあまり馴染みのない商店街だ。
 少し奥へ進んだところに、定食屋さんがあった。というより、いまもあるかどうか知らないだけで、まだやっているのかもしれない。高校生のときに一回使ったきりの、たぶん何の変哲もない食堂だったと思う。

 高校時代におけるぼくのコミュニケーション能力の欠如については、いまさら恥じ入っても仕方のないことで、体育祭をはじめとして、みんなが輪になって何かをするような学校行事は軒並みボイコットしようとする、なんとも嫌な奴だったのだけれど、一度だけ、みんなの見ている中で、ほんのちょっと活躍したことがある。2年生の文化祭だった。

 隣のクラスにナルセという男子がいた。たしかバスケ部に入っていて、髪の毛はさらさらだし、ユーモアもあって友達は多く、ぼくとは遠い世界に住んでいるように思っていた彼が、ある日ぼくを訪ねてきた。文化祭でバンドをやるので、ベースを弾かないか、という誘いだった。ぼくがベースを持っているということをどこで聞いたのか不思議にも思ったが、「宿題を見せてくれ」以外で誰かから頼られることはまんざらでもなく、快諾した。
 ナルセが集めたメンバーは、確か7人だったと思う。ボーカルが1人、ギターが2人、キーボードボーカルの女子、ドラムは後輩で、ベースがぼく。顔は知っているけれど普段交流することはなく、授業で一緒になるのは体育くらいだけど、体育が大嫌いだったぼくはその50分を空気になりきることしか考えていなかったので、まあほとんど初対面みたいなものだ。何より同じ高校に通うメンバーでバンドをやるというのが面白くて、普段木彫り人形みたいに同じ表情で一日を過ごしていたぼくにしては、精一杯の社交性を見せて参加したつもりだった。

 日曜日、みんなで千石モールに集まって、ボーカルだったヨッチの家で選曲会議をした。選曲は、ガンズアンドローゼスとかエアロスミスとか、ハードロック中心だったと思う。一曲だけキーボードのNがバングルスを歌うことになった(いま思うとあの時代にバングルスというのは凄く渋いし、センスあるチョイスだったのではないか)。ぼくは何でもよかったので―文化祭でソニック・ユースをやったって誰も喜ばないことくらい知っていたし、普段あんまり聴かない曲を演奏するのもまた楽しみだった―相槌ばかり打っていた。演奏曲が決まって、Nとドラムの後輩は帰っていったが、残ったみんなで飯でも食いに行くかということになった。ちょっと時間が遅くなって、ランチタイムはもう過ぎていた。商店街を適当に歩いて、どこか目についた店に入ろうということになり、たまたま空いていた定食屋に入った。
 ぼくはその頃から好き嫌いがひどくて、重いものが食べられなかった。ほぼ一択という感じでざるそばを頼んだ。みんながちょっとびっくりした。定食屋にざるそばがあるんや。お前そんなんでいいんか。うん。みんなに運ばれてきたのは、いかにも定食屋、といった、懐かしい感じのエビフライ定食、とんかつ定食、ハンバーグ定食だった。ざるそばの味は覚えていない。食べながら話したことも他愛のない、さして面白くもなかったことだったように思う。でも、なぜかあの光景は忘れることができない。窓際の4人掛けだった。曇り空、淡い灰色の石畳に跳ね返る光が、狭くて薄暗い店内に差していた。

 それから数回スタジオで練習した。文化祭のステージはまずまずで、みんなで打ち上げにも行った。ドラムの後輩とはその後も数度スタジオやステージで一緒になった(リズム楽器に需要があるのは今も昔も変わらないだろう)けれど、他のメンバーとは再び疎遠になった。ぼくはまた付き合いの悪い、何を考えているのかよくわからない木彫り人形に戻って、千石モールへは卒業まで足を踏み入れることがなかった。

 一昨年の秋、東京で、卒業してから初めてナルセに会った。いまは作曲や編曲を職業にしているのだという。ジャニーズやアニソンなど、大きな仕事もしているようで、とても誇らしく思う。ほかのメンバーのことはわからない。後輩はお父さんがスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドにも参加しているミュージシャンで、本人もスティールパン奏者で生計を立てたいと言っていたから、夢を叶えていてほしい。キーボードのNは摂食障害になったという話で、しばらくしてからあまり学校に来なくなった。数年前に別の友人から、彼女が高校生活で一番楽しかったのはあの文化祭だったと言っていた、という話を聞いた(友人がそれを聞いたのは、さらにずいぶん前なので、もう昔話だ)。高校生離れしたアンニュイな雰囲気の、きれいな女の子だった。
 富山に帰ってきてすぐの正月、友人と飲んだのがシンバルだった。シンバルの山本夫妻は音楽がお好きで、フジロッカーでもあり、お店にはトム・ヨークの似顔絵が飾ってある。以来、折に触れて訪ねるようになって、ワイン二本開けて椅子から転げ落ちたりしている。迷惑をかけっぱなしなのにいつも暖かく迎えてくださる、ありがたいお店だ。奥さんはさっぱりして人懐っこく、全然違ったタイプの女性なのだが、なぜだか時々Nを思い出す。場所が記憶と結びつく力というのはほんとうに面白いものだね。


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2015年08月24日

みずうみ

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 最後に有峰湖に行ったのは小学生のときだったと思う。しかもその湖がどこにあるかも知らず、ただバスに揺られて行った。たしか町内会の行事か何かで、近所の電気屋のおっちゃんに率いられた小学生の一団は湖畔のキャンプ場にテントを張り、カレーを作ってトランプをして一泊し(おっちゃんがつまみに持ってきたさきいかを勝手に食べてしまって怒られた)、ラジオ体操をして帰ってきたのだった。意外にも詳細に覚えているという事実から考えると、それはそれで楽しかったらしい。それでもあの湖に行ったのはそのたった一回だけ、それからの有峰湖は富山県全県地図の右下のほうにある青色の貝ひもでしかなかった。

 東京に住んでいる友人がこちらに遊びに来た。海とか山とか大自然を満喫したいと言ったので、ちょっと思案したあげく有峰へ連れて行くことにした。とりあえず立山のほうへとは決めていたのだけど、早起きできない性分だし、山歩きができるかも不安だったので、車に乗って到達できる一番「奥」へ案内するのがいいと考えたのだ。

 数週間前に寄越したLINEではやたらと落ち込んでいて、これはもう強制的にでも気分転換させるしかないと、それなりに心配して、遊びに来なよと誘ってみたのだけど、到着するなりあっさり「もう大丈夫になった」と言うので、なんだ拍子抜けだなあと心の中でつぶやきつつ、でもまあよかったね、と、あとは共通の知人や音楽の話、とりとめのない会話をしながら2時間のドライブ。有料の林道に入って、一車線の桟道を走って、オレンジ色の天井の灯りもない、真っ暗なトンネルを幾つも抜けて、湖を右手に見ながら展望台まで行ってみた。ダムの資料展示、カモシカの剥製、当時の時代考証、ぼくらのほかには誰も居ない5階建てのビル、展望台といいつつ上ってみればただの屋上、友人はそこからさらに梯子をつかんで出入り口の上、一番高いと ころから湖を見ていた。スコットランドに似てるかなあ、馬鹿言うなよ、そんないいもんじゃないよ。

 なぜか昼寝をしようという話になり、湖と反対側にある芝生のエリアに降りた。バーベキューエリアやフィールドアスレチックゾーンと案内図に書かれてあったそこは、正確には、芝生かと思っていたらちょっと違ったようだ。やわらかい草とコケの仲間とが入り交じって生える(さすが高山地帯)緑の絨毯の上で横になって、1時間ほどだろうか、鳥と虫と木々のざわめき以外ほとんど何の音もしない薄曇り空の下でまどろんだ。

 いま思えば何をしに来たんだろうか、写真なんかでときどき見る、ダムの上を走っていく林道のほうへも廻らずに、昼寝をし、寝起きにアイスクリームを食べ、ぼくらはそれきり満足して帰ってきたのだ。往復4時間かけて!笑われても仕方ないことかもしれない。でも、ひとつ知ったことがある。この世界にはどうやら、聴きとることのできる、そして触れることができる種類の「静けさ」があるらしいのだ。聴くといっても耳で聴くのではなく、触れるといっても指で触れるのではないそれは、言うなればあの、有峰の鈍い陽射しの中にそっと忍ばせてあったように思う。それとも、湖というものは天然の吸音材なのだろうか。十和田湖、諏訪湖、奥琵琶湖、それほど多くの湖を知っているわけではないけれど、そういえば湖のそばで暮らす人たちには、はにかみ屋が多かった気がする。彼らの胸には、いつもあの静けさがとぽん、と沈んでいるのかもしれない。ぼくらの慌ただしい暮らしにも、ときどき湖を補給すれば、もう少し穏やかに生きていけるのかな。
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2015年06月19日

7月の現状(お知らせなど)

 7月は4本、ライブがあります。どれも主催者の想いの籠った企画です。(時間があればあらためて書きます)nanoのステージに立つときはいつも特別な気持ちだし、富山のお寺での一晩なんてとびきり貴重なものになるだろうし、東京は久しぶりだし、念願のleteだし、どれも悔いのないよう、うたい切りたいと思っています。

 それから、連休をつかって、また甲府へレコーディングに行ってくるつもりです。今度は歌入れ。新しいアルバム、ゆっくりですが、すこしづつ形になってきています。9月ごろには完成に持っていきたいなあ。
 ついでに先の話をしておくと、10月には金沢でちょっとしたイベントを考えています。そしてボロフェスタがあります。11月には能楽堂でまたあいつを企画中。予定があるということはよいことですね。太宰治のようなことを言うならば、それまで生きていようと思えるから。

 そういえば、3枚目の作品『ロータリー・ソングズ』の在庫が少なくなってきているそうです。メーカーにも倉庫にもストックがないのだとか。ちなみにぼくの手元にもストックはゼロです。またどうせブックオフの100円コーナーに流れていくんだろ、というシニカルなささやきが脳裏で聞こえる気もしますが、それもまたこのアルバムが世に出た証かなあとも思います。地味です(というかそもそも派手な作品がない)が、味わいは深い一枚です。見つけたらぜひ手に取ってみてください。

◇「うたいながらいきていく」
2015年7月4日(土)livehouse nano
開場 17:oo / 開演 18:oo

歌う人魚と青い鳥(吉田峰子+金菱哲宏)
ゆーきゃん+足田メロウ
水窓(石川文子・豊原エス)+國木まちこ
川崎テツシと燃えるキリン
ドクロズ

前売 2,ooo円 / 当日 2,5oo円(ともに1ドリンク代別)

livehouse nano
京都市中京区押小路通西洞院東入ル二条西洞院町632-3
TEL:075-254-1930
http://livehouse-nano.com/


◇「ぼくら、わたしたちのお寺」
2015年7月11日(土) 射水市市井 光照寺
日没より、7月12日(日)朝方まで いつでも出入りは自由です。

ゆーきゃん
岡田彩香
たちなみえみ
石川征樹
峠祐樹ファミリー

他、宿泊、勤行、ありがたーいお説教
お寺で一晩過ごして、様々なひとたちとの交流を深める日にしましょう。

参加費は無料ですが、懇志(カンパみたいなもの)よろしくお願いします。
寝具(寝袋、布団など)、食べ物や飲み物(お酒可)持ち寄りでお願いします。
宿泊場所は本堂、又は座敷に50名泊まれるスペースがあります。
駐車場15台分あります。
テント張りたい方、BBQされたい方、肝試しされたい方、要相談おねがいします。
親子で、友達やペットと、おひとりでも、みなさんのご参加おまちしております。

主催:光照寺 くもな いたる
射水市市井(「いちのい」と読みます)275番地
http://navitoyama.com/0766-54-1604/
kumona2009@yahoo.co.jp


◇「dangerous光秀武蔵野北町riot vol.3」
2015年7月25日(土)秋葉原GOODMAN
開場 16:oo / 開演 16:3o

MUSIC FROM THE MARS
BossstonCruizingMania
ジョー長岡
Rent:A*Car
ゆーきゃん
かくら美慧
ひまつぶし

FOOD SPICE ADDICTS
cafe ササササキ

入場料 2,5oo円(1ドリンク代別)

CLUB GOODMAN
〒101-0026 東京都千代田区神田佐久間河岸55 ASビルB1F
TEL 03-3862-9010
http://www.clubgoodman.com/

◇「あかるい部屋」
2015年7月25日(土)下北沢lete
開場 19:oo / 開演 20:oo

ゆーきゃん

予約 2,3oo円 / 当日2,5oo円(ともに1ドリンク代別)

チケット予約 (6月25日より受付開始)
宛先 reservation@l-ete.jp
件名 7/25 ゆーきゃん
メール(お名前、連絡先、希望人数をご記入下さい)での受付となり、先着順に受付のご案内を返信いたします。尚、精算は公演日ご入場時となります。当日券の有無は公演日の18:00〜18:30に電話にてお問い合わせ下さい。定員になり次第、予約受付締め切りとなりますのでご了承下さい。

lete
〒155-0032 東京都世田谷区代沢5-33-3
TEL: 03-3795-0275
http://www.l-ete.jp/

posted by youcan at 06:03| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする