2006年10月31日

昨夜の顔

ああ僕はなんて近視なのだろう
と思った
少しづついろんなものが見えては
君の言うようにすぐ見えなくなるのだ
明け方に射し込み始めた光は
あの柔らかな漆のような闇を拭い去ってしまうけれど
眩さのせいか足元の花も見えず
自分本位では自分の影すらも見えず
ただ猛烈な眠気と憔悴感に頭をくらくらさせながら
歩くのだ

汚れていても美しいものはある
正しくなくても美しいものはある
これはあの人のことば

汚れていても
正しくなくても
美しくなくても-
それでも許せるものはあるか
許されるものはあるか
これは僕の問い

腫れぼったい目で窓ガラスを覗き込んだところで
見えたのは くすんだ景色
見えなくなったのは 誕生と生存に喜び安堵したはずの曖昧な昨夜の顔
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2006年10月29日

溺れないこと

来年1月発売予定の、ゆーきゃんwith his best friendsのアルバムは、ミュージックファンドというものを使って作る。

http://www.musicfund.net/fund/invited12.php

「投資」という方法で、制作費を募るのだ。

何故こんなことをするのか、端的に言えばワイキキレコードに(もちろん僕自身にも)お金がない、ということなのだけれど―

始めてのアルバム「ひかり」を作ってから既に2年が経とうとしている。
その間にも次回作の話は何度かあったのだけど、
僕は坂本くんと言う人と、彼のバンド=エレキベース、そして彼の語る夢がとても好きで、次も、ワイキキからリリースしたいと思っていた。
また、メンバーが就職して京都を離れたりして、これ以上は先に延ばすべきではない(どうしてもバンドで作りたかった)状況になった。

溺れる僕らが、なんとか遠くまで泳いでいこうとして、掴んだ藁なのかもしれない。

僕は本当に経済性の欠如した人間で(こないだ飯田くんと車の中で「にしき屋のメンバーには企業の才能があると思う、ただしゆーきゃん以外は!」などと笑い合っていたが、ほんとにその通りだ)、CDを作るのにお金が要るという事実をきちんと受け止めることができない。
必要ならば借金をすればいいだけ、そんな風にも思っている(実際、募集金額以上の制作費は僕とワイキキからの持ち出しになる)。

でも、
僕はインディーズという世界に居るのだ。
自分のやりたい表現を徹底的にやった上で、
そして単純な自己満足を越えていくこと。
そして「あ、こいつ面白いかも」と思ってくれる人の力を少しづつ借りて、本当に面白いことをやり、
そして、恩返しをすること。


けして溺れないこと。


来月の半ばには東京でミックスとマスタリング。
きっと良いものが出来る。
あとはこれをどうやって遠くまで届けるか、それは僕にとって車輪であり道である、そう思う。

posted by youcan at 15:23| Comment(1) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

日記

ボロフェスタが終わっても、なかなか西部講堂離れができない。今日はP-hourに行って来た。
たまっていたメールの返信などを片付けてたら随分と遅れてしまって、楽しみにしていた七尾旅人さんもRED CRAYOLAも見逃してしまったのが残念。
三田村管打団、Buffaro Daughter、大友良英さん、そしてROVOを見た。西部講堂でこんなにゆっくりライブを見たのは久しぶりだ。

ライブはとても素晴らしかった。大友さんと山本精一さんが滅茶苦茶かっこいいと思った。
講堂の外ではエコトーンという、リユース食器の洗浄を手伝わせてもらった。

主催のP-hour事務局には、ボロフェスタの苦情等のせいで、進行上、随分と余計な気配りをさせてしまったのを本当に申し訳なく思っている。
でも(というのも変だが)素敵なイベントだった。スマートでピースな雰囲気。なんだか、ほんとうに、純粋に、楽しかった、ということばがぴったりだった。
どうもありがとう。

それにしても、10月も半ばを過ぎると夜が随分冷え込むのだ。広場のあちこちに一斗缶で焚かれる炎がとても恋しかった。

秋が深まる。
寒くなるだろう。

再来月、みやこ音楽祭に参加する。ボロフェスタでの失敗や経験を上手に生かしたい。西部講堂でライブが出来るというのは本当に幸せなことだと、今日強く思った。
posted by youcan at 02:55| Comment(19) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

神無月

流れゆく音楽がもっと孤高であればよいと思った
街を行くその足音たちがもっと誇りかに響けばよいと思った
時計台の下には若者たちが残光をもとめて集まって来ては
最後の晩餐を待つ使徒のように無知で無邪気で
今日への信仰に溢れて見えた

不安を磁石にして引き合う日々も
その赤い血に電気が流れているその間だけ
楠の隙間から落ちて来るあの色あせた青空を右手で掬い
僕らにはそれで構わないのだと知った

あとは流れゆく音楽がいつかメロディもリズムも失くし
一本のサイン波あるいは散乱する雑踏になり
街に王冠のように覆い被されば
たとえそれが茨であろうと光であろうと
ひとつの願いが満ちた証
きっとなんとかして笑っていようと思った

聞け
欠けたままの声と虫歯と秒針のない大きな時計が
今日も何かを計っているのだ

posted by youcan at 10:33| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

もう一度書くよ

お客さんや、スタッフの何人から、前回の記事を読んで、大丈夫ですかとか、なんだかネガティブでショックを受けた、とかいうメッセージを幾つか貰った。
たくさんの人が喜びと達成感を抱いてくれた、それは本当に喜ぶべきことだったのに、わざわざ水を差すようなことを書いてしまった。反省します。

言いたかったのは、そもそも飯田、加藤、土龍、ゆーきゃんで始めたはずのボロフェスタが、僕らの理想の手段ではなくなって、いつの間にか誰かの夢を生み、想いを運び、暮らしに影響を与えるものになった、その重みだ。

たくさんの人が笑うところを見た。
夢中になって踊るところを見た。
そして僕も、何度も笑い、何度も踊ったのだ。

「ボロフェスタが成功したのかどうか、分からない」と書いた。
それはこのフェスが生んださまざまな問題のことだ。
やったことに対する責任や、反省や、対策は、明らかにする必要がある。

でも、やってよかった、とは思っているんだ。
間違ったことはしていない、と思っているんだ。
そのことは、はっきりしておかなくちゃならない。
そしてやっぱり、何度でも何度でも言いたい。

スタッフのみんな、ほんとにどうもありがとう。
来て下さった皆さん、ほんとにどうもありがとう。




あっという間に一週間経った今日、鴨川を散歩した。
西日が傾き、山吹色の陽光が猫じゃらしの林を照らし、
久しぶりにゆっくりと、僕は秋を呼吸した。
こんな日常が、景色が、音楽を生む。
僕の中で「アーティストの表現への意思」は、まだ尽きない。
新しい曲をたくさん作ろうと思う。
日溜まりのような、黄昏のような、夜明けのような、曲たち。
posted by youcan at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

ボロフェスタ'06

近隣からの音に関する苦情があり、
分別されていないゴミの山に京大の学生部の職員の方たちは困惑した顔を見せ、
ボランティアスタッフ、とくに各部署のリーダーたちには大きすぎる負担を強いることになり、

とにかく、今年のボロフェスタは巨大な生き物で、
僕らの意思と力を遥かに越えて歩き出していた。
いつのまにか主催者がコントロールできないことが多すぎてーそれはときに嬉しくもあったのだけどー
苛立たしさと、ときには恐ろしさが僕らを追い立てたりした。

僕は、三日たったいまでもこのイベントが成功したのかどうか、分からない。 いろんな問題が残り、生まれ、あたらしく発見されている。


10月9日、7時20分からの40分間、野外ステージの上、
たったそれだけが僕の手に「ボロフェスタ」が触れた時間だ。




でも、そのために払った対価を数えるのは、やめておく。


雨の中で僕らは単管を運び、ブルーシートを張った。
番線を巻くことなんて日常生活には必要ないはずなのに、彼女たちはどんどん上手になって、二人で屋台の屋根を造っていた。

開演してから3日間、ほとんど電話は鳴りっぱなしだった。ひっきりなしに誰かが探しに来た。 誰々が来た、誰々が居ない・・・あれは何処、これはどうしたら?
スタッフは誰もが必死だったと思う(勿論、僕もそうだった)。 必死に働き、それでも僕らが言った「楽しんでください」という無責任なリクエストに応えようとしてくれていたように思う。

彼らが、ボロフェスタを創った。
ボロフェスタの空気は、彼らの創った空気そのものだ。

お客さんや出演者がこの空気を楽しそうに泳ぐ様。
電気の配線に悪戦苦闘する橙色の汚れたつなぎをゆーきゃんだと知って声を掛けてくれたお客さんが居て、
クロークやドリンクカウンターではお客さんとスタッフの他愛もない会話があって、
エンドロールのときに拍手が鳴り止まなくて、

そういう温かさは、このイベントを支えていた、たくさんの手と足と頭と心の熱量なのだった。


「今年はほんとにしんどかった、ほんとにやめたかった、でも今年もやってよかった、いまはそう思う」彼女は広場での打ち上げで泣きながらそう言った。

「なんでこんなにがんばってるんだろう、明け方ちかくまで作業をして、よくそう思ったよ。ボロフェスタはボランティアスタッフに要求することが大きすぎるんだ。」翌々日の片づけで、ベンチに座りひとやすみしながら彼とそう話した。

「今年こんなにもスタッフに大変な思いをさせたあんたらは、つまり理想に届かなかったんだよ。ひとりひとりの顔を見て、思いを汲んでやれないなら、それは偽善なんだ。僕は楽しくなかった。来年は、僕は僕の祭りを、ボロフェスタで、やる。それはスタッフの誰もが満ち足りた顔で終わりを迎えられるようにするためでもあるんだ。ゆーきゃんはどうしようもなくて、どうしようもないゆーきゃんを手伝えるのは僕なのだから」
こんな意味のメールを、彼は送ってくれた。


僕は、このイベントが成功したのかどうか、分からない。
僕らが満たすべきだった、汲むべきだった、応えられなかった思いたちが、足元にあまりに多く転がっている。

でも、たしかに彼の言う通り、ここでは「夢のような」時間が流れていたこと、それだけは確かだった。
そしてどちらにしろ、言わなくてはならないのだ。
たくさんのひとに、ごめんなさいを。
たくさんのひとに、ありがとうを。


あ、そしてもう一つだけ、
僕はやっぱり、ボロフェスタが好きだ、ということを。どうしようもなく。

posted by youcan at 07:57| Comment(0) | TrackBack(1) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

経過

毎日このくらいの時間に帰ってきている。
眠いはずなのが眠れなく、
疲れきったはずなのに案外動けたりもする。

とはいえ時間がない。メールの返信が滞っているかた、
ごめんなさい。

サイバーミュージックアワードは駄目だった。残念。
レコーディングはいいものが録れた。
今日からボロフェスタの設営を開始した。

心も頭も体も使って、生きること。
これは、僕の望んだ暮らしだ。
感謝の念を抱いて進まなければ。

さて、いまからもうひと仕事といこう。
明日は午前十時、西部講堂集合。


posted by youcan at 04:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする