2008年12月27日

売りつくし

"20071008"を、recommuniでフリーダウンロードできるようにした。

http://recommuni.jp/music/


自分自身、何度も何度もあの音源を聴いたけれど、
ただの一度もよいとか悪いとかを判断できないでいる。

あれは、「価値の付けようがない」作品だ。

CD-Rを作るときもいくらにしようか迷いに迷って、材料費とかマスタリングにかかったお金とか一個ずつ厚紙を切り出す手間とか、そういうものから妥当な線を探して、値段をつけた。

これまで、ライブ会場で500円とか、通販で送料込みの800円とか、幾ばくかのお金を払ってこのCD-Rを買ってくれたお客さんには、謝りたい。あの厚紙ジャケットを切る作業のなかで何度か指を切った僕の絆創膏代のためだと思って下さい。

これからダウンロードするひとが、もしゆーきゃんってどんなんだろうと思って事前にこのブログを読んでいるなら、どうか、あれがけっして「0円」なんかじゃないってことを覚えておいて欲しいと思う。いまでも、あれを聴いた夜には、夢に見たりする(でも、だからといって、いちいち有り難がって聴いて欲しいわけじゃない。その思い入れが伝わるくらいのライブをしているのかどうかも分からないんだから)。


あと4日もすれば、あれは「去年のライブ」じゃなくて「2年前のライブ」になってしまう。いま世界に存在しているCD-R"20071008"は、せいぜい300枚ほど。2008が終わる前に、ばら撒くのも悪くないんじゃないかと思った。何の予備知識もない相手に、いちばん剥き出しの表現をぶつける人の悪さもまた面白いかもしれない。
と同時に、記憶が風化する前にあの場所で僕に拍手をくれたひとたち皆にこれを聴かせることができたらいいのにと、なんとなく感傷的になりながら特集記事を眺めている自分がおかしくもある。

来年はあたらしい音源を作ろう。ニックドレイクの「ピンク・ムーン」のようなのが出来たら言うことないのだけど、まだ無理だろうな。「最近のリハーサル」をリリースしたECDに倣ってみようか。誰かの部屋、公園、深夜の駐車場なんかで録るのもー
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2008年12月23日

覚書

戻ってきた東京は寒かった。聞けば一昨日の晩から急に冷え込んだらしい。土曜日の長野が思ったほど寒くなくて、僕らは意外だねと言っていた。けれどそれは長野のせいではなくって単純に日本中が暖かかっただけのようだ。

SHUT-UPとの2日間も楽しかったし、
7年ぶりのネオンホールはとても素敵なところだった。
主催するひとの人間性、場所を守るひとのこころざしが明確に見えるイベントに出演できるのは本当に嬉しい。

いつだったか、まだ当時DICEのブッキングだった森下さんと話したときのこと。彼は言った−やる気があるから良いバンドなわけでもなく、集客力があるから良いバンドなわけでもない。そんなことはあたりまえだけど、曲がいいとか演奏が上手いとか、ひとことで「クオリティが高い」というのが良いバンドの条件でさえない。ブッキングをやっているとそれが不思議でしょうがないんだ、と。


そのときは(まだ僕も20歳を過ぎたころだった)そんなもんかなあと思って聞いていたこのことばを、いまときどき、ぼんやりと思い出しては自分なりに考える。いまのところ分かっているのは、

・表現に嘘がない
・嘘の表現に嘘がない
・ほんとうのことを履き違えていない

そういう表現に僕は感動するのだということ。
たくさんの表現者が嘘とほんとうの狭間で揺れていて、その揺らぎを知っているひとに僕は惹かれるのだということ。
そして、良い空気が流れる場所では、揺らぎは自然と嘘のないほうに収束してゆくのだということ。


3日間のうちに何度か、その瞬間に立ち会った。
いまのところ音楽をやっていて一番幸福だと感じるのは、そういう現場に自分も立ち会えているときだ。


音楽が好きでよかったと思う。
どうもありがとう。



ツアーから戻って一番最初に聴いたのは、リリースされたばかりのキウイロール・アンソロジー。僕は彼らのライブを一度(しかも遅れていったのでたったの15分くらい)しか観たことがないのだけど、もしリアルタイムで出会っていたらきっとまた違った人生になっていたんじゃないかと思うほど、当時の僕が欲しがっていたはずの音が詰まっている。

ボロフェスタに、Discharming manを、呼びたい。

posted by youcan at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

お知らせ

チケットの予約などでメールアドレスを教えてくれたひとにこれまでDMを書いてきたのだけど、メーラーの一括送信機能でなんとかしようとするといろいろと不都合や不手際がおきてしまうのだった。寝不足で書くと必ずあて先の打ち込み方や送信ボタンの押し方を間違えるのだ。同じ人に3通同じ内容のものを送ったりすることさえある。

どうもこのやり方は健全でない。違法という話も聞いた。なによりフォームに則った配信にしたほうが、僕のこんがらがった頭の中も整理しやすいと思い、管理人のシンヤさんに頼んで、メルマガを作ってもらった。

ホームページの右下、手紙のアイコンから登録/解除の申し込みができる。

僕のメールは大概が饒舌なので、できるだけ携帯ではなくてパソコンで受信をしてもらったほうがいいかもしれない、と書こうと思っていたがもう遅かった。シンヤさんに聞いたところ、結構な数のひとが携帯アドレスを登録してくださっているとのこと。忙しさにかまけて更新を怠るからこうなる。

とはいえ、早速登録してくださったひとがいるのは本当にうれしい。感謝します。

水上水面でみっともなく水かきも羽根も全部ばたばたさせて、ただもう溺れないように泡を立てる−
そんな毎日ではあるけれど、その中で面白いものを見つけたり、幾分か見せる価値のあるものを産み落としたりすることもある。

誰かの人生を救ったりなどはしないけれど、
「ない」よりは絶対あったほうがいいもの。
僕が見ているものはそんなものだと思う。
突き動かされて図らずも、さえずってしまったうただ。なんとかして聴かせたい。
あのひとにも、このひとにも。


明日から名古屋、京都、長野と連戦です。
長野はずいぶんと久しぶり。寒いのだろうか。吐く息の白さを思うと、嬉しくなってくるのだった。
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2008年12月14日

無題

十二月の空気の粒が
錐状の光を まっすぐに飛ばす
眠たげな瞼を射抜かれて
はじめて甘い夢がとっくに終わっていたと知る
大変だ 駆け出すその速度ではもう次の快速にも間に合わない
迷ってしまったみたい
迷っていたことに気づいてしまったみたい
ねえ きみは
あの初夏の芳しいシンフォニーをいつまでも纏っていられると
本気で思っていたんだろう
きりぎりすのように
うさぎのように
祈りのように 願いのように
ただ健やかに涼やかに生きてゆけると
信じていたんだろう
冬はいつだって巧妙な罠で 僕らを不意に襲うのに
陽だまりを奪い合い 炎を盗み合い
街中をぴかぴか光る浪漫で飾り立てては必死でかき集めたぬくもりの山
その先にあったのは腐敗と火災 誰かの肩に掛けられるほどの布きれ一枚ない
そんなふうになるまで きみは一体なにをしていたんだい
この季節が美しいのは
ひとを凍え殺す程に残酷さが輝くから
骨のような枯枝の向こうに月が燦然と嘯くから
老いた獣の泥だらけの歳月の上に
線路傍らの廃家電から染み出したオイルの表面に
満員の酒臭い終電車がぶちぶちと潰しながら進む年の瀬の断片に
青白く反復するメロディが 繰り返し繰り返し降り注ぐから
そのなかでたとえばひとつ繋ぐ手
36度すこしの温度があればそれで充分だって
もっと早く気付けばよかったのにね
ほら でも
恐れてはいけない もう一度
この中途半端な寒さの底から始めよう
東京にはあのいやなみぞれ雪はあまり降らないんだってさ

posted by youcan at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

みやこ

冬の洛北は当然、寒い。
宝が池の紅葉は見事で、空は12月の見事な空色、
僕は二日間そこにいた。何十人かのお祭り好きなスタッフ、何十人かの素晴らしいミュージシャン、何百人かの音楽好きたちと一緒だった。


京都は学生の街と言われる。
そのフェスを作ったのは、数十人の大学生たちだ。
企画、運営、進行、すべて彼らに委ねられていた。
PAや照明や舞台こそプロフェッショナルが入っていたが、
それは円滑なステージのために特殊な技能が必要とされる分野だからだ。
学園祭と違って、3800円のチケット代、ドリンク(しかもあたたかいものだけ)や手ぬぐいでの収入以外には財源などなかった。赤字になった場合には中心メンバーの頭割りでなんとかする覚悟だったらしい。
きっちりリスクまで背負って、とくに見返りも求めずに。
それは、若さの浪費かもしれない。
でも、みやこ音楽祭において素晴らしい音楽が流れ、素晴らしい時間が流れ、
圧倒的な至福が皆の胸のうちに流れるのは、その浪費の無邪気さ故なのだと思う。
僕はまた、そこに立ち会うことが出来た。
どうしてだろう、今年は特に誇らしい気分だったのだ。
自分自身の主催イベントでもこんな気持ちになったことはない。
我ながらすこし笑えた。


音楽が、ひととひとをを繋いでいった。それがまぎれもない事実であって、大きな力で何千何万人を集客するようなショウケースイベントでは絶対になし得ない親密さが、あの二日間を満たしていた。
かたや、DO ITやボロフェスタのような使命感にも似た意識、仕掛けられた爆弾のような乱痴気騒ぎも少ない。これはみやこがミュージシャン発ではなくって、あくまで学生発だっていうことに依るのだと思うけれど、それでいて無批判ではなく落としどころは探られている。ときにミーハーに見えるコミュニティのなかにアンダーグラウンドな指向がゆっくりと溶けて受け入れられてゆく様はとても愉快で、意味のあることに感じる。
お金でも思想でもなく、ただ時間と人の輪と緩やかな気概と「楽しい!」というモチベーションだけで、ものごとを作ってゆく。コドモのやりかたかもしれないけれど、少なくともここでは、それこそがひとの心を開かせているように見受けられた。
飽きるほどフェスには出尽くしている岸田くんや佐藤くんがこの小さなお祭りを大切にしている理由も、そんなところにあるのではないか。


でも、仮にくるりが参加できない年も、ゆーきゃんが手伝えなくなったとしても、
このいびつなフェスには、ずっと続いていって欲しい。毎回代替わりがあり、ほぼゼロから作り直さなくてはいけないフェスなんて、最高ではないか。「今年はぱっとせーへんなーとか」「よわいなー」とか、無責任な下馬評を集めながら、好きなようにやればいいのだ。


夜の部でライブをした。
翌日の打ち合わせをしなくてはならなかった佐谷に代わって、急遽仕切り役も勤めた(とはいえ出演者は全員知り合いだったので、ほとんどなにもせず踊ってばかりいた)。10時のオープン早々にひとが集まり出し、明け方の5時まで、帰ってゆくひとは少なかった。フロアの後ろにうずくまって眠るひとも、ときどき起き出しては立ち上がり、ライブに参加する。始発待ちということもあったのだろうが、最後まで続いたひとつの「流れ」のせいで、家に帰るタイミングを失ったひともいるに違いない。翌日があった方には悪いことをしました。
posted by youcan at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

師走はじめの夢

みやこ音楽祭のタイムテーブルが発表になった。
気がつけばあと一週間を切っている。

京都の学生が中心となって作るという趣旨のこのイベントに、もうとっくに学生ではない僕らが主催チームとして参加したのはもう一昨年の話。
今年の代表は、ボロフェスタでずっと舞台監督をやってくれていた佐谷という男の子だ。

あたりまえだけれど、
大学生が自らのリスクの上に、音楽業界のプロフェッショナル達と対等にやり取りするのは、相当に大変だと思う。
その上、何年も代替わりしながら続くというイベントの特性上、色々なしがらみも生じる。
今年は、場所のことだってあった。

いろんな困難があったに違いない。
悪夢のような日々だったかもしれない。
でも、大丈夫。
あと5日間でそれは夢のような時間に変わるだろう。

何千何万人規模の大きなフェスには出たことがないし、
毎年やっているボロフェスタにしても、僕はうたう側であると同時に作る側だ。
僕が招かれて演奏する喜びを語るのは、
もしかするとおこがましいことなのかもしれないが−

誰かが丁寧に用意してくれたステージに立つこと、
誰かの夢の一端を担うこと、
その実感が単純に嬉しい。

一度みやこ音楽祭に関わった者として、
このイベントが他の誰かにとってもずっと、
そんな場所であり続けていて欲しいと思う。


ゆーきゃん、今年はソロで出演します。
出演は午前3時40から。お願いしてライブアクトの最後にしてもらいました。
クリトリック・リス→SEO MAKOTO→スーパーノア→DJJJ→ゆーきゃん→上田修平&岩崎慎
という流れは、ほんとうに面白いと思います。夜の部を遊びつくしてください。
posted by youcan at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする