正確には車どおりの多い国道が駅の南側、線路に沿ってを走っており、海はその向こうだったので、目の前というよりも背中といったほうが正しいのかもしれない。
駅前の細い十字路にはちいさなコンビニが一軒、魚屋、定食屋、喫茶店にケーキ屋、本屋と美容院といった具合。左に折れてほんの少し歩くと、ちいさな橋があり、ちいさなが流れがある-塩屋谷川というらしい。中国山地が漸く始まりだす(あるいは終わる)北の山から瀬戸内海に流れ込む、こういう流れがきっと無数にあるのだろう。用水路のようにコンクリートで舗装されてはいるけれど、川の名前-「谷川」という呼び名は、昔これがどういう流れだったのかを偲ばせるひとつの材料たりえる。
この川に感動したことは、その清らかさと、流れだった。いや、清らかといっても、その日は雨が降ったり止んだりの天気のせいで随分と増水し、濁っていたのだ。だから、ただしくはその「濁りの清らかさ」というべきだろう。カフェオレにも似た色水、けれどその濁流には不純物がほとんどなかった。飲めるんじゃないかと思ったほどに、あんなにも濁り水が綺麗に見えたのは久しぶり。あとで調べると、地元の小学生が月に一度掃除をしているのだとか。ゴミがほとんど混じっていなかったのは、そのおかげだったようだ。さて谷川は橋をくぐりさらにその先、国道の下をくぐって海に注ぐそのだけれど、ちょうどその真下あたりで海から寄せる波と衝突し、時々大きな波のあおりを受けて逆流する。波と一緒に国道を潜ってくる風は汐の匂いがする。このカフェオレは少し塩辛いはずだ。よく見ると端の欄干は錆びている。その脇に立つ標識の柱も、塗りが剥げたところから少しづつ赤茶けはじめている。
水のある街は、水の生きている街は、いい。
そう思いながらすぐ傍のケーキ屋さんに入って、休日の午前をささやかに楽しむおっちゃんの隣のテーブルでレアチーズを食べた。カフェオレは止めにして、ホットコーヒーを頼んだ。
塩辛くはなく、ごく平凡な苦味だった。
初めて降りる駅にも、どこかに忘れてきたような懐かしい休日が落ちていたりするらしい。