2009年11月28日

無題

voxhallのステージからの眺めは、ただ「光」なのだ。劇場のように段差となった客席は暗く、一番後ろ、つまり一番高いところにある照明ブースからスポットライトが放たれている。あの場所で歌う時に必要なのは、目を瞑るか、ただそれを見つめるということだけ。それ以外には呼吸と発声、少しの水と、そしてギターの音しかいらない。

"凱歌"と仮題されていた曲の名前を、やっと決めたー"small town,small dawn"。英語の題にしてみたけれど、もちろん歌詞は全部日本語だ。作りかけのままleteで歌って、レコーディングの前日に作り直して、それ以来演奏していなかったから、足掛け1年近く寝かせていたことになる。昨日は何か所か間違えてしまったけれど・・・ようやくレパートリーの仲間入り。愛されるようになるといいな。

それにしても、昨夜はいいイベントだった。普段は一緒にやる機会がないようなバンドが多かったけれど、皆とにかくまっすぐに表現と向かい合っていて、聴いていると背筋が伸びた。ワゴンズのかじ君、ケイジ君、CHUB DUのたかし君や藪くんとは久しぶりに話せて嬉しかった。損得ではなくただやりたいことに忠実に、しがみついて遠回りしてそれでも進んでゆく人間たちのなんと愛おしいことか。励まされました。

くれはの働いているアーリオという木屋町のバーが10周年だというので、打ち上げを抜け出して顔を出す。オーナーが面白いひとで、僕が来るたびいつも店内BGM用のセレクトCDを作ってこいとせがむのだけど、昨日は顔を合わすなり「あ、血のうた歌ってるひとやな」−どうやら"sang"を聴いたらしい。へんな覚えられ方だけどまあいいか。10周年おめでとうございます。
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2009年11月27日

無題

朝のバスターミナルの職員の受け答えや、パーキングエリアでのコンビニ店長の言葉遣いや、銭湯のおばちゃんのぞんざいな態度など、とかくちょっとしたことに苛立ちの種を見つけた昨日だったけれど、まず御堂筋の色づいた並木に落ちかかる西日の見事さと、また昨夜のイベントがどういうわけか無性に楽しかったのもあって、いつの間にか苛立ちは身体の中から抜けていた。
どこかで読んだ創作民話のなかに、赤鬼が身体に入ると怒りや憎しみが湧く、というのがあったけれど、そんな感じだったかもしれない。あるいはターミナルの窓口で、コンビニ裏の蛇口で、番台で僕が受けたネガティブな感情は、彼ら自身の苛立ちだったのかもしれない。
感情は、空気は連鎖する。絡み取られないように気をつけなくてはならないと思った。
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2009年11月25日

無題

キツネの嫁入りが、ファーストアルバムをリリースした。

昨日サンレインに届いて、何度もリピートしている。レビューはここに載せたので、読んで、気になったらぜひ買ってみてほしい。
http://www.sunrain-records.com/catalog-2573.html



初めてのアルバムというものは、それだけで素晴らしいように思う。プレス代が安価になり、CD-R音源でも高いクオリティの作品が増え、そもそもカタチのないかたちで音楽が世に広まるようになっても、手に取れる重みと色を持ったパッケージにくるまれて、音楽が世に出てゆく、という実感だけは、何にも替え難い。手に取られ、盤がケースから取り出され、プレーヤーに掛けられて、音が流れ出す。そのプロセスが、いい。配信もMYSPACEもYOUTUBEもどれも便利で、音楽を近くに置く為にとても優れた働きをすると思うその上で、やはり「作品=モノ」を通じたコミュニケーションは生き残って行って欲しいと、切に願っている。



さて、いまから田代家で曲を作ったり録音したりの作業があって、朝のバスで大阪へ。大阪、京都、二日空けて名古屋と、久しぶりに三都市を廻る。
よい曲を書きたい。よい演奏をしたい。いろいろ迷っても悩んでも、結局はそれだけなのだ。


あ、そうだ。キツネの嫁入り、おめでとう。すてきな作品をどうもありがとう。
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2009年11月24日

無題

パル商店街は、そのあたりにだけ、いまだ煙のにおいが染み付いていた。壁やアーケードにこびり付いた煙が、ぽろぽろとはがれ落ちているような、そんな気がした。警官がビルの前に立ち、一階のお店、地下のライブハウスは貼り紙をして休業。花束が積まれ、缶ビールが供えられている。

それが、誰かがここから居なくなったというしるしだった。

その店に僕は行ったことがないが、知り合いの中には呑みに行ったり打ち上げたりで、よく使っていた人も居たであろう。もしかしたらその夜の早い時間にはそこで飲んだりした、かもしれない。

誰かが去り、誰かが残って、その残った側に僕も居る。あるいは去就を逆さまにして、昨日に残った者と、今日へと去った者、と言った方がいいかもしれない。

ここにもう居ない、という事実を目の前にして、いつもただ愕然とするだけだ。私とあなたは生き残って、それでどうすればいいのか?考え続けなくてはならない。
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2009年11月23日

無題

21日歌った曲たち。


空に沈む
天使のオード
遠い橋
駐車場
Y.S.S.O.

post coda

ファンファーレ
サイダー

sang
明けない夜
地図の上の春
東京の空 (カバー)


来てくださった皆さんありがとう。
歌うことで空気が出来てゆく、その中で皆が自由に動き始める、
面白い空間でしたね。

実力や認知度をもうすこし蓄えて、
いつか純粋なワンマンライブを、やりたいな。
ただ歌い、ただ聴くだけで、そこに居るすべての人の想像力が羽ばたくような時間が作れたらいい。精進しよう。


昨日は雨の中、物を運んだりしていたら久しぶりに風邪をひいたらしく、薬を飲んだら気を失うように眠ってしまった。効いたのだろうか、目覚めたらもうなんともない。さて、来月、そして来年に向けていろいろ決めなくてはならないことを片付けるとしようか。
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2009年11月20日

無題

まあそういうことがあって、ここ数日は内装の撤去の段取りだとか在庫をどこに置くかだとか、みんなこれからどうしようだとか、とかくあわただしい。

ナタリーが閉店のニュースを取り上げてくれていた。
コメント欄を追ってゆくと、そのなかに「ゆーきゃんはどこにゆくのか」というTwitterの呟きを見つけて、思わず苦笑い。さてさて、どこに行こうかな。
(ちなみにその下には「どうしたんだよ、吉田さん・・・」とあった。吉田さんと電車の中でその話をしながら「余計なお世話、でもちょっとうれしいね」と笑いあった)
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2009年11月18日

もう少しだけ書かなくてはならないような気がするのだけど、いまはこれだけ。言い訳じみたことばを溢さない自信が持てたら、また話してみたい。良い一年半でした。ありがとう。
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報告

サンレインレコーズより大切なお知らせ

いつもご利用ありがとうございます。サンレインレコーズです。
このたび、2009年12月13日をもちまして、高円寺駅前での店舗営業を一旦終了することになりました。
3年足らずの短い間でしたが、この小さなお店がこれまで続けてこれたのは、ひとえに皆さんのご愛顧とご声援のおかげです。スタッフ一同、心より感謝しています。
店舗はなくなりますが、このオンラインストアは引き続き営業を行いますので、どうぞご利用ください。イベントへの出張販売も、今まで以上にフットワーク軽く行こうと考えております。ライブ会場でお会いしましょう!
店舗は12/13までは絶賛営業中です!月刊サンレイン次号制作中、スペシャルセール等も近日中に開催予定です。ぜひ一度お立ち寄りください。
今後ともサンレインレコーズをどうぞよろしくお願いします。
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2009年11月16日

無題

昨日出かけた二つのパーティ(ROLLINGSTONEには日付が変わってから行った)はどちらも素晴らしくて、二回目の開催というLIFEはここで何かが起きている、坩堝の中にいるような感覚がびしびしと伝わってきたし、リミエキのレコ発はそれはもう、ストーリ性と愛に溢れており、会場の雰囲気も相まってちょっとしたショートムービー(実際には4時間ほどあったのだけど、あの時間の凝縮されかたは「ショート」というに値すると思う)みたいな出来映えだった。なんだか気分が良すぎてビールばかり飲んでいたのを覚えている。

ボロフェスタで写真を撮ってくれていたスタッフの女の子が大阪から来ていて、ストーンで会った時にはあまり気にかけていなかったのだけど、スーパーデラックスに彼女が居るのを見つけた瞬間に何故かもの凄く嬉しくなった(思わず「自分いいやつやなー!」と声をかけた)。そのあとJJにも言ったのだけど、関西から駆けつけてくれた彼女ひとりの後ろにはきっと何十人もが居て、ここにいないけれど確かにリミエキを応援してくれている人たちの姿を予感した、そしてそれこそが彼らの積み重ねてきた結果のひとつなのだと思った。

グレープフルーツムーンでは長谷川健一が出演するイベントがあり、はしごしてこっちに来たeeteeの話ではあちらも相当の大入りだったという。それも僕にとっては嬉しいニュース。
続けるということが、一つの価値を生み出す。それを目撃した(と感じる)瞬間の、あの充実感がとても好きだ。努力は必ず報われるというお題目を僕は信じないけれど、その先には絶対に無はない、ということだけは分かった。いまは、それだけで十分ではないだろうか。

共鳴(ゆかりちゃんと谷口さんの息子)がずっとパンダのぬいぐるみを背負っていた。谷口さんに抱かれてあふりらんぽを見る共鳴、その背中にパンダ。あの後ろ姿が個人的には昨日のハイライトである。







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2009年11月14日

無題

動いている。動いている。たくさんのひとが、ものが、一度に、ばらばらに。

あたらしいことが始まって、
いつか終わる。

これは簡単で、自明な原理のように見える。
けれど振り返ってみれば、ゼロが1になりまたゼロに戻るような、完全に独立した事象にはまだ出会ったことがない。

ムーヴメント/関係性/場所、あらゆるものごとは生れ落ちたときから自己解体する遺伝子が組み込まれていた気がするし、何かが倒れたり去ったりするときには必ずどこかにその種子が飛んでいたように思う。

あるいは死んだと見なされていたものが生き返る(死んでいない)、消えたと思った火が再び燈る、ということも。


<もうここには居ない>という空虚から、
<確かに生き続ける>という確信までは果てしなく遠いけれど、いつかはそこに辿り着けるはずだと信じること。それこそが希望なのだと思う。



堅い話は置いといて、解散とか休止とかを経ていまもなお転がり続ける友人たちのパーティが今夜、そして明日とあるので紹介します。


11/14 (土) 新宿RollongStone
eyama × 西村道男 presents "LIFE"


Guest DJ: タカラダミチノブ(HONCHO SOUND)
DJ: eyama(Nur. / eetee)
  西村道男(Nur. / eetee)
FOOD: eetee食堂

19:00-21:00 CHARGE FREE!
21:00-Morning 2,000yen with 2Drinks

RollongStone WEB
http://www.rockin-rollingstone.com/index.shtml


11/15 (日) 六本木SuperDeluxe
Limited Express (has gone?) new album『LTD』release party


LIVE : Limited Express(has gone?)
あふりらんぽ
FOE
younGSounds

DJ:西村道男(Nur.)

OPEN / START 17:30 / 17:30
ADV. / 2500yen(w.o.1drink)
DOOR / 3000yen(w.o.1drink)

SuperDeluxe WEB
http://www.super-deluxe.com/


すこしでも時間と興味がある方は、ぜひ行ってみてほしい(もちろん僕も行く)。

楽しいことはいろいろあるけれど、彼らがやろうとしている楽しいことは、きみが参加しなくては完成しない。そしてそれが出来上がったときお互いが感じる喜びは、とても大きなものになる。そういうかけがえのなさを大事にして、ずっと「現場」を求め続けている友人たちだ。彼らの情熱と、そんな彼らが作ろうとするパーティの空気がとても好きだ。ひとりでもたくさんの人に、この至福を分かち合ってもらいたい。
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2009年11月13日

無題

いろんな本を読み散らかしている。高円寺のあちこちにある古本屋さん-何十年も続いているのかもしれない、薄暗く、狭く、壁沿いにずっと本が積んであるような古い古本屋さんから、「BOOK MART」とか「DRAMA」とかいう青い看板が掲げられた古本量販店まで、とにかく100円コーナーというサインを見つけては面白そうなものがないか、がさごそと探っている。「ニーチェとの対話」「なぜ心は苦しむのか」「日本語練習帳」「ピンク」「ダロウェイ婦人」「一茶」「モードの冒険」...近くを見渡すだけでこんな感じ。ある店では2000円で売られているハードカバーが、別の店ではこのワンコイン籠のなかに雑然と突っ込まれていることもある。
気になったものを手当たり次第に買って、バスに乗るとき、ご飯を食べるとき、ときには歩きながら読んだりもする。
読書の秋というわけではなくて、むしろほんの僅かな時間の隙間さえも電話連絡や資料のまとめ等に廻さなくてはいけなかったあの狂った9月10月の反動なのだと思う。とにかく読みたい。飛行機の前座席の網棚に差さっていたJALの会報も、銀行のロビーに置いてある絵本も、サンレインに日々流れ込んでくるフライヤーの裏面も、このところ病気かと思うほどに興味をそそる。

今朝、台所の壁に寄りかかって温めなおしたをすすりながら読んだ本に書かれていたのは、こんなこと。


心理学者はその心理学の野外調査や分析の日々の積み重ねをつうじて、小説家はそのイメージや文体をこれも日々作り上げ・作り変えてゆく労作をつうじて、ある日、それまでただ楽しみを広げる仕方で自由に読んできた詩や小説が、統合される視点にゆきあたる。喜びのための読書に、人生が介入する。そしてこれまでに読んできたチリヂリバラバラの詩や小説が、ひとつのはっきりした全体の一部として、この世界とそこに自分が生きてあることの意味をあかしだす・・・(大江健三郎『ヒロシマの生命の木』)



僕にはまだこの「意味」が明らかになるときは遠いだろう。ただ飢えに従って活字を食い漁っているだけ。でも、ことばを以て世界へ語りかけるべく何十年も苦闘してきたひとがこういうふうに書いているのを見ると、それだけで続けることへの「希望」を示されている気になるのだった(もちろんこの本にはそんな安易な「継続は力なり」は一切書かれていないが)。


話は変わるけれど、マイケル・ジャクソン「THIS IS IT」は素敵な映画だった。サンレインのスタッフ、佐野さんに激推薦されて思わず観にいったのだけど、本当に行ってよかった。音楽って素晴らしいね。
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2009年11月09日

市営地下鉄、越冬編

京都駅から国際会館へ向かう地下鉄、一番後ろの車両の扉が開き、乗ろうとして僕は驚いて、笑ってしまった。一両のさらに後ろ半分があの小さな乗客達に占拠されていたのだ。みんなお揃いの紺のハットに紺のブレザーで、立ったり座ったりしている。
時刻はまだ7時半、一番端のシートに座る眼鏡の女の子はまだ眠そうだ。隣はおしゃべりな二人組、さらに立っている三人は彼らだけに分かる謎の身振りで会話。ドアに張り付いて外を眺めるチーム(だがその電車はあいにく地下鉄だった)、先生のような近所のおばちゃんのような女性を囲んで質問攻めにするチーム、なぜかずっと天井を見上げているあいつは未来の天文学者なのかもしれなかった。どーん、がーん、突然向かいに座っている女の子にパンチを繰り出す男の子。女の子は笑う。あかんで、あかん、そんなんあかん、でも何があかんのかは誰にも分からない。こっちにいらっしゃいな、と誰かの口真似をしては笑い、脈絡もなくかぼちゃになりましたと言ってまた笑う。

半ば呆気にとられながら見とれ、聞き入っているうちに気づいたことがある。彼らの誰一人として優先座席には座ろうとしないのだ。
京都駅から、その灰色のシートにはごま塩頭の紳士たちが腰掛けていた。ペンギンの群れのようなその中に、背広のサラリーマンズが目を閉じたり新聞を読んだりする光景も素敵だったのだけど、五条、四条、烏丸御池・・と進んでゆくうちにひとり降り、ふたり降り、彼らはおそらく会社へ向かって出て行った。ペンギン達はというと、そのぽっかりと残された穴には一切興味をしめさず、どーん、がーん。
今出川で僕は降りた。優先座席のすぐ前に立っていた。僕の正面に座っていた女性も降りた。とうとう灰色のシートは空っぽになってしまった。ペンギン達がその瞬間に夢中になっていたのは、あかん、の様々な言い換えを試してみることだった。いけません、そんなことをしてはいけません。関西弁風、標準語風、アクセントをわざと変なところに置いた「いけません」、あらゆる禁止に後押しされるようにして、とうとう僕の後ろでドアが閉まった。

彼らはどこから来て、どこまで行くのだろう。もうすぐお弁当の時間だろうか。
posted by youcan at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無題

たとえばあるイベントで「音楽にジャンルは無い 俺たちはボーダレス」と歌うひとがいて、お客さんがその言葉に熱狂的に「そうだ!その通りだ!」と応えたりする。ならば、演奏が終わり、早々に彼らが帰ってしまうのは何故か。次の出演者が誰かとか、どんな音楽か、ということに一切興味を示さずに「おつかれさん〜」と去ってしまうのは何故か。

それがライブハウスのブッキングであればまだなんとなく納得できるのだけど、誰かが一日をコーディネイトしようとして企画したイベントの意思が、集まった人々に届いていないのを見ると、やるせない気分になる。

もちろん誰だって限られた時間の中で生きているのだから、ゆっくりしていられない事情もあることは分かっているし、「終電」という壁があったりもする(僕の打つ企画はいつもこいつに痛い目に会わされる)。さらにはボロフェスタのようなぎゅうぎゅうに詰め込まれたイベントだと初めから最後まで観ると疲れてしまって無理だ、という人だっていることは知っているつもりだ。

ただ、それでも主催している側からすれば、この人の音楽が好きなら、このバンドも聴いて欲しい、などと思ってブッキングをしているわけで、「誰々の出演時間はいつですか?」という問い合わせがあると、残念で、すこし苛立ちさえ覚えることだって、ときにはある。

僕は、主催者の自己満足に付き合いなさいと言っているわけではない。誰にだって好き嫌いはある。ゆーきゃんが歌い始めると、出てゆくひとがいる。それはそれでいい−たった一瞬でも「触れた」上での判断なのだから。

イベントは表現だと思っている(もちろんそうではない、ただのショウ・ケースのようなものもあるけれど)。他者の表現に対しては、共感できる部分も、できない部分もあるだろう。ただ、それを判断するには、まず試してみないと分からないはずだ。とくに「音楽好き」を自任する人ならば、観たことのない、聴いたことのない音楽にも、まずは開かれていて欲しいと思うのだ。


なんだか説教めいたことを書いてしまったが、とくに誰かに向けているわけではない。たまたまゆうべ目にした景色にいろいろと考えさせられたので、ほとんど自らへの戒めとして−

広い意味での権威主義−既に自分が信頼しているものかどうか、という基準だけに従って、自身での判断を省略しようとする−は、日々どこにだってある罠だ。その穴に陥るのはたやすい。
けれど、表現はここを越えていかなくてはならない。相手に求めることも−さっきはそう書いたが−結局は甘えに過ぎず、ただ表現自体を強くしながら絶えず開いてゆくこと、それだけが結局のところ鍵なのだと、思う。
posted by youcan at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

無題

昨夜ののら犬カフェ。ボーカルにはSM-57、シールドはギターアンプに差す。壊れかけのピエゾマイクで拾ったギターは、ストリートライブ用のアンプに突っ込む。お店に入る敷居のほぼ上にステージ、店内とテラスの双方に向けて歌う。なんだか不思議なシチュエーションで、夜に向かって歌っている気分もあり、楽しかった。みんなにも伝わっていたらいいのだが。

「おと」がいいとか悪いとか言うけれど、その善し悪しは、いったいどこにあるのだろうか。とんでもなくハイファイな環境でのオーディション、電池切れ寸前の中古アンプでのストリートライブ、いろいろやってみたけれど、答えはいまだに謎のまま。

こばやんはいい歌うたいだ。久しぶりに弾き語る彼の歌を聴けて嬉しかった。



明けて今日、三軒茶屋へ。11/21のライブの打ち合わせに、IIDまで行って来た。ありきたりのカフェライブにはしたくないという僕のわがままに、IIDが付き合ってくださるというのだ。現場を見ながら、IIDの倉庫を物色しながら、いろいろアイディアを出しあった。


内容についてはエントリーを改めて書きたい。が、きっとこの日は面白くなるはず。なにはともあれ、ワンマンライブということが、ずいぶんと久しぶりだ(そしてきっと、またしばらく、やらない)。対話するように、背伸びするように、ゆっくり、楽しんで歌いたいと思う。


GO SLOWゆっくりとライブ Vol.35 -霜月 あかるい部屋-
2009年11月21日(土)
IID 世田谷ものづくり学校 GO SLOW ゆっくりとカフェ(http://www.r-school.net/)

OPEN 19:30 / START 20:00
ADV./ DOOR \1500 (1drink付き)

出演:ゆーきゃん

●申込み方法:IID事務局<live@r-school.net>宛に、「参加希望日時」「イベントタイトル」「参加者の氏名」「参加人数」「年齢」「連絡先電話番号」「メールアドレス」「ご住所(市区町村までで結構です)」をご記入のうえメールでお申込み下さい。
※当日直接入場できますが、ご予約されることをお勧めします。

posted by youcan at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

高円寺南

大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン「with records」に行って来た。

マッツ・グスタフソン+尾関幹人+大友良英による特殊アンサンブル。スウェーデンを代表するサックス奏者マッツ・グスタフソンのサックス・ソロのレコード盤上にハイパー切り絵作家、尾関幹人が塩化ビニールの切り絵を刻み付ける。観客は自由にそのLPを鑑賞し再生できる。盤上のサックス音はズタズタに分断されると同時に、分断を作り出す切り絵があらたな音のシークエンスを生み出す。《without records》と対をなす作品。(サイトより転載)

パル商店街からすこし西に入ったところにある、45-8という小さなギャラリー。開け放した扉から反復するノイズが聴こえてくる。
ギャラリーの中には五つのレコードプレイヤー、その内一個は「故障中」の貼り紙、二枚のレコードが廻っていた。壁に六枚のレコードが描けてある。全て異なる意匠で白黒に模様付けされたそれらは、レコードというよりも絵付け皿のように見えた。

廻るレコードの鑑賞方法は「聴く」と同時に「眺める」というものだった。盤面の模様に沿ってレコード針が跳ね、それにあわせてフリージャズのサックス音がスキップする。小さな部屋なので、レコードの中から聴こえる音楽と同じくらい、針が模様に沿ってごりごりと擦れてゆく音が聴覚の大事な構成要素になっている。二枚の、異なった持続/反復音を立てながら廻るレコード、部屋のどこに立つかで聴こえ方が変わる。
もちろん外を行く人の声も入ってくる。不思議な感覚だった。

参加できるインスタレーション。日常に広げられたカーペットをほんの少しめくってみせるような、こういう試みがもっと増えたらいいなあ、と思った。


今日は久しぶりに高円寺でライブ。koba-yangと僕がこの街で一緒にやるなんて、なんだか変な気分だ。
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2009年11月06日

福岡

空を飛ぶのは、好きじゃない。飛び上がるときは不安だ。降りてくるときは背筋がぞっとする。眠れば落ちる夢を見るし、しかも今回はどういうわけか乗り物酔いをした。飛行機の前に、僕が頑張らなくてはならなかったようだ。
(でも、九州に差し掛かったあたりで見た、渚と畑のコントラストは見事だった)

福岡へは、いつだったか大阪からフェリーで行ったことがあった。秋だった。瀬戸内海の空がすばらしく綺麗で、写真に収めた朝焼けがまるで抽象画のようだったのを覚えている。またあのくらいゆっくり旅程を楽しめるようになりたい。

ともあれ、市内には二日間滞在した。噂に聞いていたが初めて行った四次元と、何度目かになるgigiでのライブ。共演者もif masacaのIKMAさん以外は(IKMAさんも過去2回、どちらも違うバンドで一緒だった)みんな初めて観るひとたち。新鮮で面白かった。

四次元では「バナナコーポレーション」というバンドが出ていて、ガルシア・マルケス(百年の孤独)だろうかと思い、「the witches」というバンド名にはロアルド・ダール(魔女がいっぱい)かしら、と考えた。

初日は終演後ほどなく解散だったので、カウンターデちょっとだけ相手してもらった後、ひとりで夜の天神を散歩した。二日目はgigiで夜更けまで喋った。いい話、どうでもいい事柄、音楽を媒介にして誰かと繋がれるのが本当にうれしい。


そういえば、四次元でリハを終えたあと、その足でVoodoo Loungeへ行った。ノントロッポが主催イベント(ハイコレ)の第100回目を開催するのだという。せっかくなので挨拶がてら、リハだけでも観れたらと思ったのだ。
道に迷ったりしてようやくたどり着き(迎えに来てもらった)ライブハウスの扉をあけたちょうどそのとき、じゃあ最後の曲、とボギー君が言った。演奏が始まる。ラウンジのテーブルについていた子供が、フロアの真ん中へ出てくるくる踊り出す。ボギー君の息子、モンドだった。ボロフェスタのときに少しだけ一緒に遊んだからだろうか、つと僕のところへ来て手をつかみ、一緒に踊れという仕草。二人そろって体を揺らし、それから座り、演奏のなか(ちょうど歌うボギー君の正面)大声で「誰ー?」「こないだ会ったやん」「あー、あそこに居た人ね!」また立ち上がり踊りだす子供。リハーサルとは思えないノントロッポの演奏(この日は遠藤賢司さんとツーマンだった)。

この二日間でいちばん素敵な瞬間だった。あ、僕ここ好きだ、と思った。


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2009年11月03日

無題

11月に入るのを見計らったかのような寒波。

僕は、この寒さが好きだ。いつだったか、寒くなりましたねと助手席で笑うと、なぜ寒いのがそんなに嬉しいのかと加藤さんに怪訝な顔をされたことがある。またなにかの本で読んだが「寒さ」とはストレスの一種らしい。でも、この背筋がしゅっとする感じが好きだ、という人は案外少なくないのではないかと思っている。

ともかく今日は渋谷へバッドニュースの事務所を訪ね、スタッフの藤井君とセンター街の和食堂で昼ごはんを食べながら打ち合わせ。その後道玄坂のガストに移動し、オーストラリア帰りのJJと合流、いろいろ話す。店を出る頃には日が落ち、飛び石連休の間らしく浮かれた空気が街に漂っていた。

みやこ音楽祭のチケットが、明日手売りされるらしい。
http://www.miyakomusic.com/

そういえばJJと藤井君と僕の三人は、ちょうど三年前このイベントに関わったのだった。あのときの出会いがきっかけで、いろんなことが始まったり終わったりした。その後おたがいに幾つかの浮き沈みがあり、今こうしてそれぞれの場所にいて、なぜかこうして渋谷のファミレスに座っているのだ。二人と別れて乗り込んだ山手線のつり革につかまりながら、僕はなんとなく感慨深かった。

さて、明日は久しぶりに飛行機に乗る。これもどこかで読んだか聞いたかした知識だけど、飛行機が空を飛ぶ正確な理屈は、とことん突き詰めると「わからない」のだそうだ。結論としては「飛行機が頑張っているから」としか言いようがないらしい。明日も頑張ってくれることを祈ろう。
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2009年11月02日

饒舌

昨日はひたすら放心。かろうじて仕事には行ったけれど、気が付けば手が止まって上の空だった。遅くまで飲んでいた、というののも理由の一つではあるのだが。あまりに寂しくて田代君と見汐さんに「もう一日遊んでください」とメール。夜更けまで無理やり付き合せ痛飲。明け方に帰宅。

昼過ぎまで眠り-こんなに遅くに布団を離れたのはいつ振りだろう-夕方やっと活動をはじめたのだが、どうしたわけかバスに乗っても、高架下を歩いても、電車を待っていても、ある種の感情が体に纏わり付いて離れなかった。それを言い表すのは難しいが、いちばん近いのは「悲しみ」だったように思う。どうして悲しかったのか、悲しまなくてはならなかったのか、具体的には何が悲しかったのか。はっきりとした答えは無い。ひとつの出来事が成就し、それが予想外に素晴らしく、なおかつその中でも通わなかった意志が無数にあったことを知っていて、そしてもう終わってしまったから、なのだろうか。秋だからなのか。飲みすぎのせいか。とにかくカートを転がすごろごろいう音にも涙が出そうになっていた八時間前の自分をひどく滑稽に、すこし気持ち悪く思う。

とにかく、高円寺から新代田まで電車を乗り継ぎ、FEVERへ。「サンカクヤマ」という企画にサンレインで出張販売をさせてもらった。会場にはボロフェスタでも顔を合わせた鉄の造形作家・谷口さん(ボロフェスタのロゴも作ってもらった)のオブジェが飾られ、彼も写真のスタッフとして来ていた。なぜかほっとした。
開演前と転換時は店番、ライブが始まった隙にロビーへ出る。トイレに行くついでにビールを買って飲んでいると、一昨日のお客さんやmotionのスタッフの方が声をかけてくださった。無性にうれしかった。嬉しいときにもっと嬉しそうにする練習をしておけばよかったと思うくらい。

いままでもたくさんのイベントの企画に関わってきたし、一昨日がとりたてて変わったことをしたわけではない。めちゃくちゃなリスクを背負って打った博打でもないし、何百人のオーディエンスとか重要な業界人とかを前に歌ったわけでもない。それなのに、どうしてこんな気分になったのだろう。自分ひとりの肩書きで(もちろんたくさんの人に助けてもらったけれど)動かした企画だからかもしれない。ボロフェスタからほぼ休む間もなく動き続けてきた一連の流れが、ここでひと段落した、ということなのかもしれない。とにかく何かが一区切りついて二日もの間、引きずってしまうのはまだ未熟な証だなあ。

もっと強く、賢くなりたい。何かを守りたいとか、成し遂げたいとか思う限りは、そこにあるノイズを掻き分け、風当たりにも耐え、流されず、揺るがず、そして動くべきときに動いて、物事の核心を掴まなくてはならない。成長するスピードが遅く、ひとの二倍の遠回りをしなくては学ばない僕がそうなるまでにはどのくらい時間がかかるか分からないけれど、幸いなことに素晴らしい先達が何人もいてくださっている。あの晩、JOJO広重さんの歌を聴きながら、自分の前に道が-というよりも道になるはずの原野が-あるのだと、漠然とながらも確かに感じた。

さて、書いているうちに日付は変わってしまった。明日は福岡へ飛ぶ。久しぶりの友人にも会えるのがとても嬉しい。また井上君とは朝まで飲むのだろうか。それもまた楽しみだったりする。
posted by youcan at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする