2010年02月27日

無題

春が近付くと涙腺が緩む。理由はよく分からないけれど、二月末から三月半ばにかけて、季節が劇的に変転する様子を見かけたり、耳にしたり、肌で触れるとき、嬉しいわけでもなく悲しいわけでもなく、ただ目と鼻の後ろ側にある蛇口がぐらぐらする、あの感覚は嫌いではない。


今出川通りから押小路まで、毎朝歩いている。大体は油小路をまっすぐ南へ、ときどきは小川通や西洞院通に道を変えながら行く。中京の町並みには、思っていたよりも町屋が残っていた。「町屋修理」を請け負う会社の事務所(もちろん町屋)も発見、天気の良い日には表で引き戸を塗り直していたりする。


いまいちばんの楽しみは、仲立売あたりにある、梅の枝が二振り飾られている家の軒先。朝晩の往来のたびに、日に日に開いてゆく花の様子を確かめている。一昨日の夕方は西日に溶けるように、かすかに梅の匂いがした。匂いは写真に撮れない。録音もできない。この、その場限りで気化してしまう「何か」が、春を最も春らしくしているのかもしれないな、と思った。
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2010年02月18日

無題

三日ほど前に、週末のライブにかける意気込みのようなことを書いたのだけど、どうしたわけか投稿できず消えてしまった。おおげさな素振りはやめろと、たしなめられたのだろうか。


京都に戻っても、いまのところ月に一度のペースで東京へ出てきている(ありがたいことに来月も再来月も予定がある)。誘ってくださる方には本当に感謝。そしてすっかり乗りなれた高速バス。本音をいえば鈍行でもなんでも良いので電車のほうが好きなのだが、それでも値段の手ごろさと、眠っている間に目的地まで連れて行ってくれるという面倒のなさ(時には眠れないこともあるけれど!)は重宝する。

そういえば、いつだったか誰かに(タテタカコさんのマネージャー氏だった気がする)「きみは、東京へ夜行バスで歌いにやって来る、というのが一番よい。それがきみにとって最もリアリティある東京での活動の仕方だ」と言われたことを思い出した。あいにくそのアドバイスも忘れて、ぼくは東京へ移ってしまったのだけど。

でもいまは、なんとなくわかる気がする。あの、八条口でバスの到着を待つときの、みんなの感じ。帰るのか、それとも出かけるのか、めいめいがほんのすこしだけ固定された場所から(文字通り)浮き上がって、運ばれてゆく。飛行機や船や新幹線のように一小節を区切る出発というより、なんとなく押し出されて始まってゆく、グラデーション状の、それでいて相変わらず決定的な「行ってきます」や「さよなら」。
(どういうわけか、この感覚は新宿駅西口や新南口のバスターミナルでは味わえない。烏丸口であっても八条口であっても、ぼくには京都でなくてはならない)

明日は夜十時のバス。普段使っているものより若干、早目の出発になる。その後打ち合わせやイベントの手伝いなどでしばらく東京に滞在することになるので、今夜のうちに片づけなきゃいけないことは済ましておきたい。


あ、そうだ、関東のみなさん。ライブ、どうぞ遊びに来てください。
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2010年02月10日

無題

下鴨のカフェyuugueに工藤冬里さんを観に行ってきた。

このひとの音楽がぼくはとても好きで、とにかく目の離せない感じ― 緊張感でもなく、危うさには似ているけれどそれからも少し零れ落ち、ただ「成立する」という瞬間が最高に笑えて、「成立してない!」と気づいたときにもその次くらいに笑える、そんな感じに立ち会うためにCDを買ったりライブを観に行ったりしている。

この日もおそらく打ち合わせなしで顔を合わせたメンバー(ひとりはお店の方だろうか)ふたりと一緒に、でたらめのような、すべて直観に任せたセッション。ほぼ曲名だけを伝えて(ときどきニュアンスのヒントを出す。キーは教えない)、工藤さんは正座しながら薄っぺらい音のエレキギターを弾き語る。ヴォーカルマイクを家庭用のギターアンプに繋いだものだから、声は歪んでしまっている。キーボードとサックスという他メンバーの音量もアンバランスで、呟きに近い歌はしばしば掻き消されてしまう(サックスは既に生音だから、それ以下の音にしようがなかった)。

不思議なことに、この人の音楽は「これで、いい」と思えてしまうのだ。正解も、アウトも、かっこいいも悪いも、ない。そんな音楽は、ほかにあまり知らない。


最後の曲「きみにはいつもの歌かもしれず、僕には最後の歌かもしれず」というフレーズが、とにかく耳に染みた。
例えば、ぼくも明日が最後の歌になるかもしれない、が、それはそれでいいかもしれない、そう思わせてくれる歌だった。
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2010年02月06日

無題

二日続けて「KIKOE」「ライブテープ」を観た。

「KIKOE」は、5年ほどの間に録り溜められた大友良英さんの演奏の映像と、いろんな人のインタビューを、岩井主税監督の視点で再構築し、大友さんがその一端に触れている「何か」を浮かび上がらせようとする映画。時系列もばらばら、ひとりが話すこともいったん断片化されて、監督の随意でさしはさまれてゆく。

「ライブテープ」は、前野健太くんが74分ほぼ歌い続けて、松江監督とクルーがワンカメラの長回しでずうっと追ってゆくというやり方。元旦、吉祥寺の神社から井の頭公園まで、前野健太の歌ひとつひとつがエピソードのように積み重なってゆき、最後はバンドメンバーと共に演奏する。


出来栄えがどうかということは分からない(たぶんどちらも素晴らしい)が、とにかく観てよかったと思った。


かたやポスト・プロダクションの結晶のような作品、かたや編集を一切しない(録音のミックスと字幕くらい?)作品。まったく反対の方角を向いた手法で、ひとりのミュージシャン(こういう括りをすること自体馬鹿げているが)を支点にした二本の映画のどちらからも受けた印象は、テーマとしての音楽家と、映画の方法が呼び合っている、ということ。

大友さんだから「KIKOE」になった。
前野くんだから「ライブテープ」になった。
それは本当に幸福な出会いだ。

みなみ会館の職員さんが、前野君に「ほかのミュージシャンが嫉妬するのでは?」というコメントを向けていた。それはある意味では、正しいと思う。

僕は、松江監督と前野健太の出会い、20人のスタッフの一致団結や創意工夫のすべてが前野くんの歌に集まり、彼の歌がまるでペン先のようになってすばらしい物語を紡いだこと、それが「ライブテープ」という作品になり世に出て、たくさんの人に愛されるようになったこと、そういう神さまの祝福に、ほのかな嫉妬を覚えている。

だけど、これは前野健太の歌がなくては始まらなかった話。

そして彼とまったく同じように、人前でうたを歌う者、演奏する者は、けして自分ひとりで歌い演奏できているわけではないのだ。歌は、音楽は支えられ、聴かれ、誰かにまた伝えられて、波紋のように遠くへ広がってゆく。たとえそれが答えのない疑問符自体でも。「生きていかなきゃ」という独白でも、同じだ。

そのことに気づかせてもらった二夜だった。
posted by youcan at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

ふたつのうた

2012年2月11日(木・祝)木屋町UrBANGUILD
「ふたつのうた」


JOJO広重
ゆーきゃん

OPEN 18:30 / START 19:30
adv.2000 yen with 1drink / door. 2300 yen with 1drink

毎月二組の歌い手が出演。次回出演者を指名し数珠つないでゆく、2010年アバンギルド新企画「ふたつのうた」。ひとりの人間の心象や想いがよりストレートに浮かび上がる「ソロ」の「うた」にスポットをあてて、2010年の1年間をかけて展開してゆきます。
歌好きの方はモチロンのこと、普段はバンドメインで活動している出演者のソロ演奏での意外な一面を発見したり、歴代出演者の顔ぶれを見渡し次回出演者の予想をたててみたり、関西ミュージックシーンの人脈のつながりを垣間みてちょっぴり”通”ぶってみるのもよし、いろんな角度で楽しんでいただければ。と、おもっております。
そして、このイベント「ふたつのうた」の”あがり”にあたる2010年12月を迎えるまでに、いったいどんな人がやってきて、最終回の「13人目」はいったい誰なんだろう?
と。企画した店側としてもドキドキ・ワクワクしております。
そんなアバンギルドの「ふたつのうた」是非足をお運びください。素敵なライブと、おいしいお酒とお食事をご用意して、みなさまのご来場をおまちしております!



これは、この企画の発案者でもある画家・アバンギルドスタッフの足田メロウくんからのことば。京都に戻ってきたばかりの僕を起点に選んでくれた。
前回のハセケンとのときもそうだったけれど、ふたりの人間が歌い継ぐ時間は、ほんとうに掛け替えがない。おなじようにギターとことばをもって描き出すものが、こんなにも違い、こんなにも繋がっているのだと、我ながら驚いている。

今回は(これで僕は卒業だけど)なんとJOJO広重さんと。去年motionにお呼びしたご縁で、京都でも一緒にさせていただけることになった。戻ってくる前にはこの街でこんな組み合わせがあるとは思いもよらなかったけれど、ハセケンとの次は誰に声をかけようかと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、JOJOさん。異色のカード、でもきっとこの流れはとてもしっくりくるはずだ。大先輩に、うたのバトンを渡す―考えただけでも背筋がしゃんとする気分、がんばらなくては。
posted by youcan at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする