2010年12月23日

都市の足許

 東京は、駅前の商店街が、よい。とりわけ、石畳のある通りが好きだ。

 自動車が一台やっとすれ違えるくらいの幅、アスファルトではなく石畳で舗装された道路、水銀灯の一本一本に商店街の旗が掲げられて、電柱のあいだを張り巡らされた電線が生きている街を証しているように見える。その下にはさほど個性のあるわけでもない、けれどだからこそ胸を張って八百屋らしい八百屋、同じように荒物屋らしい荒物屋、そば屋らしいそば屋...そのどれもが、これまた駅然とした駅を起点として、東西にあるいは南北に続く。歯医者帰りの老人、スタジオに向かうバンドマン、犬の散歩をするおばさん、石畳が気分を軽くくしているのだろうか、右側通行も何もなくめいめいが道の真ん中を、左側を、思い思いのスピードで歩いてはすれ違ってゆく。

 とくにこの時期は、ひとがただ歩くだけで巻き上がる、圧倒的な「押し迫りの空気」が何とも言えす面白い。遠回りでも、さしたる用事がなくても、わざとこういった石畳の商店街を道筋に選んでみたりしたくなる。魚屋の軒には伊達巻きや昆布巻きといったおせちの具の名を連ねた張り紙、なぜ?と思うような街の靴屋でも突然の大売り出し、やたら大きな紙袋を抱えた人が増え、歳末商戦という単語が別に大きなデパートのためだけにあるのではないのだと知った。
 だが、いくら人の多い東京といえ、どこもかしこも賑わいというわけではない。日常があちこちで軽快にざわめく通りを抜けて、石畳の終わりに差しかかるとき、そこから始まるアスファルトの上になんとも言えない寂しさが落ちているのを感じないか。偶然その傍らに空きテナントの張り紙を見つけたりしてしまうと、さらにその寂しさは路面から立ち上がって見えてくる。

 不思議なことに、石畳のあるあいだに見かけた空き店舗にはそれほどの寂しさを覚えない。また、たとえばさほど人通りのない時間―たとえば早朝にも、石畳には押し迫った気分が抜けずに残っているように思える。舗装ひとつで、どうしてこんなに街の景色が、空気が変わるのだろう。京都では、祇園や西陣や先斗町といった地名自体に大きな意味のあるところで舗装を変えているケースが多いが、むしろ、街中に散らばる駅たちからめいめいに伸びるメインストリートで石畳を敷き詰めているこの東京という都市においてこそ、舗装の持つ力がはっきりと分かったような気がする。今日はどの通りを行くのだろうか。


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2010年12月03日

霜月に葬る

街路樹の紅葉も、黄色い葉より枝が目立つようになってきた。もう十二月なのだ。

二年ぶりでその中に身を置いた京都の秋は、覚えているよりもさらに感情的だったように思う。丸太町の鴨川河川敷、金色に枯れた芝生から石積みのカーブを降りて、あんなにも水面に近づいたのはいったい何年ぶりだっただろうか。

東のほうに行くときはいつも京都御苑を横切ることにした。出町に用事があるのには、清和院御門のすこし前で左に折れ、木に囲まれた小径を抜けて、寺町今出川に出る。京都迎賓館のすぐ南東にある開けた一角には、だれかが意図して敷き詰めたのかと見間違うくらいの、一面の枯れ葉。そこから分け入ってゆくと、およそ街の真ん中らしくない木立がつづく。ここに来たばかりの頃、ちいさな居酒屋で働いていたことがあるのだけど、ある常連のお客さんが酔うといつも、京都の劣悪な住宅事情(ぼくは実際そういう家に住んだことがないのだけど、とにもかくにも彼はそう言っていた)をこの御苑のせいにしていたことを覚えている。街の真ん中にある庭があまりに広く街を占拠するので、庶民はこんなちっちゃな場所に木造三階建てのちっちゃな家を建てて満足せなあかん、というわけだ。でも、家に快適さを求めない貧乏書生気質にとっては、こんな街の真ん中にふと日常から乖離したスペースが広がっているほうが、ちょっとばかり部屋が広くなるよりもはるかにいい。何百年前には貴人を載せた牛車が行き来した砂利の大通りを、間の抜けた顔の子犬たちがちょこちょこと駈けてゆく眺め。なんとかの宮が住んでいた邸宅の傍らで、歩こう会のおっちゃんとおばちゃんたちがブルーシートを広げてお弁当を食べたりする眺め。まったく機能的ではないこういう場所が、権威と歴史を笠に着て、そのくせ妙に庶民的な姿で、平気な顔をして居座っているのはなんだか嬉しい。

でも、もうすぐに紅葉も散ってしまえば、これら憩いの景色を見られる機会もおそらく減ってしまうだろう。今年の冬はとくに寒くなるらしい。たとえば犬の散歩とランニングのためのコースと化した、人通りの疎らな御苑もまたいいけれど、まだ秋の名残があるうちは秋を精一杯に惜しみたいと思う。

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