メンバーは、アンリと、鳴海徹朗くん。二人を載せて、メンバー一同まず車でホテルに戻り、再出発。鍛治町というところが飲み屋の並ぶ地域だそうで、鳴海くんに先導してもらう。黒石市在住の彼はラジオの出演などでよくこのあたりに通うのだとか。折しも雪は止んでいたけれど、夕方からひっきりなしに降り積もっていたから、あたりはもう真っ白だ。おなじ青森県内でも、本来なら弘前は青森市ほど積雪はしないという――けれど今年は例年にないほど降っているらしい。アンリ曰く「ゆーきゃんが、雪を連れてきた」そうだ。
東北の雪は、驚くほどにさらさらしている。空から落ちてくるとき、あたりに積もってゆくとき、ぼくの見慣れた北陸の、田んぼの真ん中や市街に落ちてくるそれとは違った種族のようで、まるで水気がないようにさえ見える。東北の雪にはほとんど無邪気だ。邪気がないということは、それだけ残酷ということでもあるだろう(逆に北陸のぼたん雪はその重たさと湿っぽさゆえに、意地悪でもあるけれど、どこか温かみを残しているともいえる)。冷たくて、美しくて、そして恐ろしい、もしも雪女がいるなら、やっぱり東北なのだろうと、ライブ中、robbin's nestの大きなガラス窓の向こうに吹き荒れる雪を見ながら思っていたのだ。
鍛治町には飲み屋がたくさん軒を連ねていた。けれど日曜日の夜ということもあり、そのほとんどが店を閉めた後だった。町はすっかり静かだ。車が数台行くけれど、雪に吸い込まれてほとんど音も立てない。スナックのようなところから年配の男性と若い女性が出てゆくのを見た。何か会話をしている、でも聞き取れない。声のトーンはそれほど低くないのに、ことばのせいか、雪のせいなのか、ぼくにはわからない。マエケン(前野健太くん)が曲の題材にしたという純喫茶のお店の前を通る。深夜だというのにお店は開いていた。ここでリッキーならためらわず入るのだろう(仙台でも山形でもいい喫茶店を見つけるために散歩をしていたほどだ。次来たら教えてあげよう)。まだ飲み足りないぼくらは別の店を探す。
結局入ったのは「心」という赤ちょうちんを付けたお店。北国の冬景色を扱ったドラマやCMで、ステレオタイプとして扱われそうなほどの店構えだった。中華そばがメインのようだが、ほかにも肴を出してくれる。何時までですか?と尋ねると、どうやら特に決まってないらしい。三時くらいまでなら大丈夫、と店主は言ってくださった。結局四時過ぎまでお邪魔してしまったのだが。
アンリは京都での某レコ屋時代の後輩で、ボロフェスタのスタッフでもあった。いまは青森に帰って、フリーペーパーを作ったりイベントをやったりしている。今回もnor thmall labの佐藤さんと一緒に企画してくれた。ちなみにこの日は青森から電車で来たのだという。始発を待って電車で帰りますと事もなげに言う彼女だったが、よく考えると河原町⇔梅田間の阪急電車とは勝手が違う。十分に一本、というわけにはいかないだろう。ましてやこの積雪だ。所要時間だってときに大きく変ってくるのではないか。心配になりつつも、相変わらず彼女らしい呑気さだとも思った。
りんご農園で働いている鳴海くん、冬季は新聞配達所に仕事が変わるそうだが、この日の次の月曜はたまたま休刊日で、ライブの後とんぼ返りで黒石に戻る必要もなく、近くにカプセルホテルをとっていた。なんだか話したいことがいっぱいあったはずなのに、彼のうたを聴いているとそれだけでよくなってしまって、どうでもいいようなとりとめのない会話しかしなかったような気がする。でも、この人の歌の中には、この人の生活も、願望も、だいたいが仕舞われていて、それでぼくは充分だったんだろう。あの安心感はそういうことなんじゃないか。
田酒を飲みながら(この、青森のお酒が大好きなんだけど、お酒のすばらしさをことばにする技量をぼくは持っていない。田酒がいかに美味しいかについては、どこか別のグルメブログなどを参照してください)アンリと鳴海くんのやり取りを聞いているうちに眠くなってしまって、うとうとして、気付いたら中華そばが頼まれていて、お会計も済まされていて、鳴海くんをホテルまで送ろうと外に出た。路肩に除けられた雪は冷え固まって氷山のようになっている。道路はアスファルトの上に踏み固められた雪でもう一層ぶんの舗装を施しているかのようだ。この白い道路に映し出される、北国特有のオレンジ色の街灯が作る陰影は、ほんとうに美しい。ホテルの前でアンリと別れて、誰もいなくなった道をぼんやりと眺めていると、除雪車が二台やってきた。一台はおもに道をさらえ、もう一台はざっくり積まれた雪を邪魔にならない場所に動かしている。一晩中、いや雪には昼も夜もないだろうから一日中、この車たちは出動し続けているのだろうか。偉大だと思った。雪国に王様が必要になるとしたら、一も二もなく除雪車のことを推挙したい。
弘前の戦利品はライブ前にイトーヨーカドーで買った白いスニーカー。まったく雪国仕様ではない。マジックテープで留める。おじいちゃんの靴みたいとからかわれたりもするけれど、結構気に入っている。こんど会った人には見せてあげます。