先週の土曜日、金沢科学技術専門学校(KIST)映像音響学科の卒業記念イベントに呼んでいただいた。
正直に言うと、この学校とぼくは、ほとんど縁もゆかりもない。せいぜい先日の「めざめ」でカメラを回してくれていた若者がここの学生さんだったことくらいか。正月に13年ぶりの再会を果たしたnoidのさんちゃん(当時はnoidではなく別のバンドでドラムを叩いていた)が、彼のバンドも出るんだけど一緒にどうかと誘ってくれたのだ。
東京に45年ぶりの大雪が降った日、北陸はいつもどおりの、今シーズンでは多いほうかなというくらいの冬の土曜日で、でもまだ雪道を―とくに融雪装置を避けて歩くカンを取り戻せていないぼくは、短めのトレンチコートにフェルトのハット、デニムのサルエルパンツ、そしてゴム長靴というヘンテコな格好にギターを背負って、鈍行列車に乗って金沢へ出た。
さっそくのミスで車内に傘を忘れてきてしまい(もうこの手のミスについてここに書くのもばかばかしくなっているんだけど、事実だからしょうがない)、ひたひたと順調に降ってくる雪のなかを歩いてKISTへ向かう。融雪装置の散水って、降雪量に合わせて勢いがつくんだっけ。途中長靴を飛び越えてなかへ入ってきそうになるものだから、あわてて避けたのだけど、そのはずみで何回か転びそうになって歩道に手をついた。これまで東北に行ったときなど、さんざん田代くんに、東京の人は雪道の歩き方知りませんからねえ!などと憎まれ口をたたいていたのが恥ずかしい。
二年制の学科ということで、みなさんおしなべて若い。会場は「ビデオスタジオ」だと聞いていたが、入ってみて納得のスタジオっぷりだった。撮影の実習なんかにも使うのかな。先生だろうか、年配の男性が今日は助手に回り、学生さんがオペからステージスタッフ、そして照明に撮影、そしてUstという配置でフル稼働。どの部署のかたもリハーサルから丁寧に対応してくださった。自分の学生時代を基準に、もっとおざなりで行き届かない感じなのかと勝手に想像していたのだけれど…モニター環境も良く、ギターの音をきれいに拾うためにDIを特別なのに変えていただいたり、照明にはスモークがちゃんと入っていたり、(予算が潤沢という事実はあるにせよ)なにかと中途半端なハコよりしっかりした設備と運営だったと思う。逆にぼくがセットリストを出し忘れたりして、慢心ってやつはこういうところに表われるだろうなあと頭を掻いた。
イベントは、あまり人数の多くないコンパクトな学科の卒業記念ライブらしい、あたたかみのある進行。学生さんのバンドから始まり、先生(なんとYOCO ORGANの0081さん!)率いるユニットも出演なさっていて(ラップトップとノイズ、そしてフリースタイルのラップにVJを使っての即興演奏で、これがまた面白かった)、こんなところに見ず知らずのぼくがお邪魔してもいいのだろうかと思いもしたけれど、結局ステージに立って歌い始めてしまったら、あれしかできないもんなあ。さんちゃんがnoidのライブ中、MCでフォローしてくれた通り、こんな声の小さな弾き語りのPAなんて学校じゃ習わないだろうし、ちょっとした応用問題だったと思って堪忍してください。
とにかく(春からしばらく活動しにくくなるだろうという)このタイミングで金沢へ行けたこと、しかもそれが地元の学生さんの大事な節目のイベントだったこと、それだけでもう充分に感謝をしなくてはいけないのだけど、もうひとつ書き添えるのを忘れてはいけない。初めて観るnoidのショウについて。
ライブが始まって、すぐにこれは和製デルガドスだ!と思った。モグワイやアラブ・ストラップも在籍していたレーベルChemikal Undergroundを主宰し、2005年に解散したグラスゴーのバンドだ。レーベルごと、シーンごと、街ごと、ぼくの憧れのひとつだった彼らをどうして思い出したのか。帰ってからCDを聴き比べてみたら、とくに似ているわけでもなかったのだけど、きっとサウンドがはらむ濃いめの陰影と、にもかかわらず世界観にとらわれすぎないメロディ志向と、各パートの細部まで大事にした多彩なアレンジ、そういうところがオーバーラップしたのだろう。また、この日の天気が金沢らしい、雪の降りしきる灰色の日だったから、日照時間の少ないスコットランドの冬を連想したのかもしれない(肝心のグラスゴーには行ったことがないから、これは誇大妄想というべきだろうね)。
まあ、とにかく、楽曲だ。奏でられたどの曲も、日本的というか日本海側的というか、湿り気を帯びた情緒をにじませながら、いろんな音楽(とくに海外のソフトロック/フォーク/サイケ/パンクそしてオルタナティヴ)を吸収した振れ幅があり、しかもメンバー間で広いバックグラウンドが共有されていることを感じさせるダイナミズムに満ちていて、とても好感を持てた。去年リリースのアルバムは先月いただいていたし、以前に共演していたGやだいちゃん、そしてJJからも、noidいいバンドやで!と言われていたけれど、ライブならではの(しかもメンバーの仕事の都合でリハ無しという、社会人バンドにありがちなアレも含め)ラフさがまた心地よくて、ステージ最前列で、そうそう<いいバンド>ってこういうのだよね待ってたんだ、と観ながらにやにやが止まらず思わずうつむいてしまうあの感じ、わかるかな。
何回目かのMC。ステージで彼らは、卒業生に向けて、こんなニュアンスのこと話していた―
「(映像音響学科とはいえ)音楽とは別の進路にすすむ人たちもいると思うけれど、社会人になっても演奏することはできるし、地獄のような仕事に追われながら続けるバンドには、こんな風にライブに呼んでもらえたり、アルバムをリリースしたり、評価してもらえたりするようになったときには、仕事と両立させる苦労があるからこその大きな喜びがつけ加わるのだと思う。(さんちゃんと)ゆーきゃんとは、大阪に住んでいたとき以来の共演になるのだけれど、音楽を続けていると、こうやって想像だにしなかったところで再会できたりもして、それがまた楽しいのだ。だからみんなも、がんばって。」
*云い回しは勝手に脳内変換してます。こんな理屈っぽい口調じゃなくって、北陸人らしい飾らなさと、でもしっかりとした確信と、地元の後輩たちへの思いやりに満ちたトーンでした。あらかじめお詫びを! この話たち(数度のやりとりのうちに、これらのことは語られた)を聴きながら、地方のバンドの理想形がここにいる、と思っていた。基本は無理しない、必要とあらば無理も辞さない。上昇志向を忘れない、上昇志向とマインドを取り違えない。それもこれもすべて、音楽が好きだからだ。バンドをやる喜びと、続けるモチベーションのためだ。音楽で生活をするためではなく、生活に音楽が必要だからだ。そして生みだされた音楽は自分たちの暮らす街に反響し(実際、学生さんたちの間にもnoidのファンは少なくないようだった)、遠くの街まで届いている。男女混成、ぼくより少し年下の、金沢の五人組がこんなにも自然な姿勢で(もちろん相応の努力と代償の上に、ではあるだろうが)<インディ・ロック>をやっていることに、羨ましさと、共感と、素直な感動を覚えた―残念なのはもっと早くに会いたかったってこと!
そういえば、出番が終わって控室に戻ってくると、2番目に出演していた学生バンドのメンバーさんが、noidと記念写真を撮ろうとしているところだった。流れで一緒に写りこむことになってしまったのだけど、迷惑じゃなかっただろうか。それにしてもローカルなミュージシャンが、地元の学生から尊敬や支持をうけている様子を見るのは、いつも嬉しい。それがぼくも良いと思うバンドだとなおさらだ。願わくは音楽性やスタイルだけでなく、姿勢や哲学や音楽愛そのものが受け継がれて、土地に血肉化していってほしい(もうそうなっているのかもしれないけれど)と思う。いままで(ライブで)来る機会が少なかったし、それほど多くの共演者を持つことがなかったのでよく知らなかったけれど、この日のおかげで金沢がもっと好きになった。
イベントの余韻に浸りたくって、ちょっと飲んで帰ろうかなと思ったんだけど、FacebookでもTwiterでもあまりに多くの都民たちが「電車がうごかない!」とか「帰れない!」とか嘆いているのを見て、なんとなく後ろめたくなった。また終電ぎりぎりになって車内で寝てしまったら今度は直江津まで行ってしまいかねないぞという危惧もあり、おとなしく帰宅することに。久しぶりに小1時間(もちろん居眠り防止のため)吊り革につかまって帰ったのだけれど、意外なほどに疲れて驚いた。阪急や京阪で長時間の立ちっぱなしには慣れていたはずだったのになあ。都会離れも足元からということだろうか。そういえば長靴の便利さを思い知った一日でもありました。ゴム長を履いて県境を越えたのは人生初だ。
posted by youcan at 04:29|
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