2008年12月10日

みやこ

冬の洛北は当然、寒い。
宝が池の紅葉は見事で、空は12月の見事な空色、
僕は二日間そこにいた。何十人かのお祭り好きなスタッフ、何十人かの素晴らしいミュージシャン、何百人かの音楽好きたちと一緒だった。


京都は学生の街と言われる。
そのフェスを作ったのは、数十人の大学生たちだ。
企画、運営、進行、すべて彼らに委ねられていた。
PAや照明や舞台こそプロフェッショナルが入っていたが、
それは円滑なステージのために特殊な技能が必要とされる分野だからだ。
学園祭と違って、3800円のチケット代、ドリンク(しかもあたたかいものだけ)や手ぬぐいでの収入以外には財源などなかった。赤字になった場合には中心メンバーの頭割りでなんとかする覚悟だったらしい。
きっちりリスクまで背負って、とくに見返りも求めずに。
それは、若さの浪費かもしれない。
でも、みやこ音楽祭において素晴らしい音楽が流れ、素晴らしい時間が流れ、
圧倒的な至福が皆の胸のうちに流れるのは、その浪費の無邪気さ故なのだと思う。
僕はまた、そこに立ち会うことが出来た。
どうしてだろう、今年は特に誇らしい気分だったのだ。
自分自身の主催イベントでもこんな気持ちになったことはない。
我ながらすこし笑えた。


音楽が、ひととひとをを繋いでいった。それがまぎれもない事実であって、大きな力で何千何万人を集客するようなショウケースイベントでは絶対になし得ない親密さが、あの二日間を満たしていた。
かたや、DO ITやボロフェスタのような使命感にも似た意識、仕掛けられた爆弾のような乱痴気騒ぎも少ない。これはみやこがミュージシャン発ではなくって、あくまで学生発だっていうことに依るのだと思うけれど、それでいて無批判ではなく落としどころは探られている。ときにミーハーに見えるコミュニティのなかにアンダーグラウンドな指向がゆっくりと溶けて受け入れられてゆく様はとても愉快で、意味のあることに感じる。
お金でも思想でもなく、ただ時間と人の輪と緩やかな気概と「楽しい!」というモチベーションだけで、ものごとを作ってゆく。コドモのやりかたかもしれないけれど、少なくともここでは、それこそがひとの心を開かせているように見受けられた。
飽きるほどフェスには出尽くしている岸田くんや佐藤くんがこの小さなお祭りを大切にしている理由も、そんなところにあるのではないか。


でも、仮にくるりが参加できない年も、ゆーきゃんが手伝えなくなったとしても、
このいびつなフェスには、ずっと続いていって欲しい。毎回代替わりがあり、ほぼゼロから作り直さなくてはいけないフェスなんて、最高ではないか。「今年はぱっとせーへんなーとか」「よわいなー」とか、無責任な下馬評を集めながら、好きなようにやればいいのだ。


夜の部でライブをした。
翌日の打ち合わせをしなくてはならなかった佐谷に代わって、急遽仕切り役も勤めた(とはいえ出演者は全員知り合いだったので、ほとんどなにもせず踊ってばかりいた)。10時のオープン早々にひとが集まり出し、明け方の5時まで、帰ってゆくひとは少なかった。フロアの後ろにうずくまって眠るひとも、ときどき起き出しては立ち上がり、ライブに参加する。始発待ちということもあったのだろうが、最後まで続いたひとつの「流れ」のせいで、家に帰るタイミングを失ったひともいるに違いない。翌日があった方には悪いことをしました。


posted by youcan at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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