2011年08月26日

セブン

 西洞院釜座通の「セブン」という喫茶店がとても好きで、わりと頻繁に通っていた。

 背の高いおじいちゃんがひとりでやっているお店で、メニューはコーヒーとカフェオレしかない。そのかわり、かならずキャンディ型のチョコレートが二つ、ついてきた。気取らない味が好きで、打ち合わせのときは大体この店を使った。
 なんとなく店主も覚えてくれたのか、「干し柿たべるか?」とか、「煎餅、あげるわ」とか、ボーナスのお茶請けを(けっしてコーヒーに合うとは限らないものまで)くれた。

 今年に入って、店主がなくなった。脳梗塞だか心筋梗塞だか、急に倒れたらしい。驚いた。前日まで営業をしていて、たしかその日曜日には雑誌か何かの撮影が来ていて、窓際でレフ板が広げられる景色にも、この老店主はまったく意に介さないまま、常連客と話しこんでいたのだ(たぶん、競馬のことだ。あの店にはいつも競馬好きが集まっていた)。

 お店は閉まり、取り壊されるとばかり思っていた。

 ところが、あのお店のあとにも、また喫茶店ができるるらしい。買ったのか、借りたのか、わからないけれど、とにかく、息子さんが「この店の内装をそのままにする」ということを条件に、不動産屋さんに出したのだそうだ。
 しかも、それに手を上げたのは知り合いだった。月曜日の昼、工事の途中のお店から「ゆーきゃん!」と呼び止める声がしたので、なにごとかと思って振り向くと、「サンシロウさん」とぼくらが呼んでいる彼だった。9月1日オープンらしい。ふと軒を見上げると、扉の上に、一度はがされた「COFFEE]の文字が並ぶ。セブンのときと同じフォントだ。

 伝染沿いに掲げられる自動灯の看板は、まだ、というか、確信を持ってなお「セブン」だった(お店の名前には、別の名前が予定されている)。
 
 ぼくはこの店に、やっぱり足しげく通うと思う。もう干し柿が出てこなくて、カウンターから競馬の予想を持ちかけられることもなくて、コーヒー以外のメニューが増えて、一杯350円のシンプルなコーヒーを飲めなくなり、店名が変わっても、半ば家具の配置もそのままなセブンをしのび、なかばこの新しい店を楽しみむために、あるいはただコーヒーが飲みたいがために、お店に入って、東の窓際、Salyuのサインがおかれていた壁の傍らのテーブルに、腰掛けることはやめないと思う。すくなくとも、押小路通の上空3メートルほどに掲げられた光るパネルの名前が「セブン(ダートコーヒー)」である限りは。
posted by youcan at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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