2012年11月07日

あかるい部屋 補遺

 リリースからもうすぐひと月、『あかるい部屋』というアルバムについて、書きたいと思っている。書きたいと思っているのだけど、何度やっても冗長で自慢たらしい文章になってしまうので、困っている。困っているところに、ライブのついでで名古屋のCD屋さんへあいさつに行ったら「全然売れてないじゃないですか!もっと頑張んなきゃだめですよ」と叱咤をいただいてしまった。自己満足してる場合じゃないということか。

 ちなみに、このアルバムを知人に聴かせると、ほとんど決まって「売れないと思う。地味だから。でも、よく聴くとすごく良い」という感想が返ってくる。ちぇっ。なんでそんなことを悪意もなくむしろ誉めるような言い方で言うんだろう。それを正しい評価だと思う自分も馬鹿馬鹿しい。
 わざと地味にしようなんてことは思わなかったけれど、今回のテーマは「普通」だったことは確かだ。曲を書くのも普通にやった。アレンジもメンバー任せだ。プロダクションについても奇をてらったことは何もしていない―でも、あの音量で、全員で一発録音したのは、チャレンジであるといえば大きなチャレンジだった。みんなこの小さい声を、モニターも無しでよく聴きとれたものだ。そしてみんな、めちゃくちゃにプレイが良い。難しいことなんてなにひとつしていない、まさに「普通」の素敵さは、田代くんと森ゆにさんとりっきーと玄さんの素敵さなのだと思う。

 音質については、生々しいという評もあるけれど、多少はこだわっている。玄さんもぼくもまずは「音圧をあげない」ということで一致していて、そのなかで空気の鳴りを生かし、いちばん良く声が聴こえるイコライジングを探し、音のばらつきを整え、コンプ感をちょっとだけ出して、という作業を繰り返した。玄さんは、上手、耳がいい、とかいう以前に「うたが好きな人」なんだと思う。うたが好きな人にしか見えてこない景色があって、それを掘り出してくるセンスとスキルがある。録音からマスタリングまで、全部を通して任せてみて、ぼくのぼんやり見ている世界の質感ととても近いのに驚いた。世代が同じだからというのもあるのかな。

 そういえば、ジャケットに使われている写真も、玄さんがiphoneで撮ってくれた。映っているのは、ヘッドフォンをしているので、もしゃもしゃの髪が小さくなっているけれど、ぼくだ。
 あの白州のスタジオは、じつは、もう無い。『あかるい部屋』を録音してほどなく、大家さんが破産して、競売に掛けられてしまったそうだ。まだ設備が整う前に、試験的に『あかるい部屋』を録ったので、まさに幻のスタジオ・キャメルハウス作、というわけ。とても魅力的な鳴りを備えた部屋だったので、残念だけれど...

 あちこちで指摘される通り、タイトルは、バルトの本からなのだけれど、もういまとなっては何でもいいというか、ただこの響きが圧倒的に好きだから、といったほうがいいかもしれない。先日のインタビューでも偉そうに「バルトはね...」とか蘊蓄を垂れたふりをして、ものすごく後悔している。正直に言うとバルトなんて、ぼくに理解できているはずがない。でも、あの本からは、とてもロマンチックでセンチメンタルで、そして必死な何かが伝わって来た。考えることと書くことが生きることと同値の人間が、喪失というもの対してに本気で向き合った記録だと思っている。それだけを言えばよかったんだけど、見栄とは怖ろしいものだ。
 とりあえずあの世で会えたら、このアルバムを渡したいと思っている(同じところに行けるかは分からないけど)。

  収録曲については一言ずつ触れる。「太陽」は高円寺駅前の風景だったのが、新宿アルタ前でのいとうせいこうさんのアジテーションを聴いたり(あの有名な「デモ隊の諸君、きみたちは路上の花だ」というやつ)、官邸前抗議に行ったりする中で変わっていった。「smalltown,smalldawn」は北盛岡の歌。何かの本で読んだ、上代では「愛しい」という文字にも「かなしい」という読みを充てていた、という記事にも触発されている。「0764」は呉羽駅と姪と甥のこと。0764は富山市の一部に昔使われていた局番。「雪の朝」は(これが一番古い)京都市内にまだ30cmも雪の積もるころに書いた曲。「わすれもの」は春の訪れと失恋とミサワホームのショウルームに並ぶミッフィーにいついて。「最後の朝顔」はガロリンズのよしえさんに捧げた。「ウルトラマリン日和」は2010年に書いた詩を推敲し直したもの。我ながら予言めいていてどきりとした。「611」は6月11日雨の東京都中野区鷺ノ宮のお話。どの曲にも背景と思い入れがある、と書いてみたらなんだかもっとたくさんの人に聴いてもらいたくなってきた。こんな地味なアルバムを「いいですね!」と言って出してくれた術ノ穴への恩返しのためにも、やっぱり頑張らないと、なあ。
posted by youcan at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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