2013年05月13日

いつか音楽をやめてしまうきみに

 きみはmmmという女の子を覚えているだろうか。ほら、まだサンレインレコードが高円寺にあったころ、ぼくらは彼女の一枚目の作品を受け取ったのだったよ。そのあと達久からめちゃくちゃいい歌うたいがいる、と教えてもらって、そのあと数年して彼女は見汐さんとデュオを組んだりした(サンレインや達久や見汐さんのことは忘れてないよね。職場と同僚なんだから)。
 つまり、ぼくらは彼女が世に出るくらいのころを知っていて(はじめての円盤ジャンボリーのときはとても緊張した、という話も聞いた)、そしてとんとん拍子(に、見えた)で界隈の人たちはmmmの歌のすばらしさに驚嘆するようになり、ぼくらも何度か共演させてもらって、そのたびにいつもかなわないなあと思っていた。あの日のザンパノ(ほら、京都の元田中にあったカフェだよ。にーやんが店主だった!)で、たぶん初めてくらいちゃんと長めの話をして、ちょっと相談めいたこともあって、びっくりしたり共感したり、まあ結局あたりさわりのない、つまんない見解しか言えなかったんだけど、そのあと数か月たって彼女は引退を発表した。
 こないだそのニュース記事をネットで見かけてから、ずっと考えているんだ。あのとき、もっと役に立つ答えをしておけばよかった、とか、次に彼女に会ったらなんて話そうか、とか、いつかまた帰ってくるのを待つことにしようとか、そういう第三者的な思いのいくつかに混じって、ぼんやりとだけど、きみのことをさ。

 きみが、いったい何年先を暮らしているのか、ぼくには皆目見当がつかない。いまのところ来年の一月まではざっくりと予定が入っていたりするから、そのあとだとは思うんだけど、たとえば再来年の今頃にはもうこの手紙を開封してしまっている、なんてことも、万に一つ、ないとも限らない。そんな相手にどうしてこんなことを書こうかと思ったか、というのには、一つには弱気の虫が出たからかもしれない。また一つには今のうちに正直に書く必要があると思ったのかもしれない。

 ことあるごとに、音楽になりたい、と言ってきた。酔っぱらって気分が大きくなったときには、音楽を生きるんだ、詩を生きるんだ、なんて恥ずかしい科白を吐き散らかしたような気もする。けれどこのあいだ、ふと思ってしまったのは、音楽が鳴り止んだ後、ぼくはどうやって生きているんだろうか、ということだ(mmmでさえ――ほら、ぼくよりも確かに軽やかに音楽を呼吸していた彼女でさえ、音楽の後を生きなくてはならないんだから)。つまりその瞬間に、きみが生まれてしまったんだ。生まれてしまったきみを祝福すべきか呪うべきか、まだわからないんだけど、とりあえず挨拶しておかなくちゃ、というわけでこのメッセージが打たれているっていうわけさ。

 彼女が音楽をやめるといった本当の理由を聞いておけばよかったな。きみ(つまりぼく)が音楽をやめた理由は、なんだろう。嫉妬だろうか。疲れたんだろうか。お金のことだろうか。そういえば先週、ばあちゃんがついに寝たきりになったんだ。もう話すこともできないし、目も開けない、食べることがなにより大好きだったのに、もうお粥を口に運ばれて呑み込むくらいしかできなくなってしまった。倒れる直前までぼくのことを心配していて、母親もずいぶん当たられたらしい。癇癪と偏った意見のかたまりのような人だったけれど、ぼくは間違いなくおばあちゃん子だったから、就職も、結婚も、なにひとついいニュースを届けてあげられないままだったのがとても情けなかったよ。いまは何とか持ちこたえているけれど(持ちこたえる、というのは変な表現かもしれないとしても)、この先はこういうことのひとつひとつが、お前はなにをしてきたのだ、と重々しく問いかけてくるんだろうと思う。きみなら分かってくれると思うけど、どうせぼくのことだから、普段はどんな華々しい理想、決然とした覚悟を口にしていても、結局は搦め手から落とされてしまうのかもしれないな。
 ボロフェスタとサンレイン、そのどちらかがなくなるってことも理由になるかも、と思ったりする。どんな状況になっても、どんな暮らし向きになっても、歌をうたうことはやめないだろうと、いまのところ信じてはいるんだけどさ、でも仮に(近い未来の自分が一番信用ならない、というのは実に滑稽だけれど)、イベントオーガナイザーとCDショップ店主とシンガーソングライターという、三つの別々のあり方を無理やりにまとめようとしているバランスがひとたび崩れてしまったら、それでなんとかなると思ってた自分への罰をうんと厳しくしようとか、あるいは自暴自棄とか、やり場のないままの復讐めいた気持ちとかで、なにもかもをゼロにしてしまおうと思ったりするなんてのは、ぼくにすれば、とてもありそうなことだよ。

 まあ、理由はなんでもいいだろう。だって少なくともぼくにはまだ先のことだし、きみにとってはもう過ぎたことだから。そんなことより、さしあたっていまは、きみのことをちょっと聞かせてほしい。

 音楽が鳴り止んで、きみは幸せだろうか。奏でることをやめて、きみはなお音楽を聴くんだろうか。どんな音楽を聴いているのかな。いままでずーっとたずさわってきたような、日本のインディにはまだ興味を持っている?ライブハウスには時々行ったりする?きみがもうおじいちゃんなんだとしたら、そんなやかましい現場からはとっくに足を洗っているかな(だとしたら、まずは長生きできてよかったね、それとも、驚きだね、と言おうか。そして、もしもそんな高齢にも関わらず時々ライブハウスに顔を出すというのであれば、日本も、いつか話したメルボルンみたいになったということかな)。
 CDは売れている?そんなフォーマットはもうとっくに消えてしまった?みんなはいまどんな形で音楽を聴いている?フェスはまだあちこちで開催されている?オーディエンスは自分の耳で確かめている?ミュージシャンは自立している?いや、余計なことを聞いてしまったっかもしれない。きっときみはもうそんなことには興味がないんだろう。でも、音楽から離れたとしたら、きみの楽しみはいったい何が残っているんだろうか、それはとても心配だ。読書と、散歩と、あとはせいぜい美術館くらいだろう。それだけで残りの人生を埋め尽くすことができればいいのだけれど。あ、お酒は控えるんだよ。たぶんいまでさえ相当脳みそは縮んじゃってるに違いないんだから。

 いつか見てろ、と思ってきたのは紛れもない事実だけど、それと同時に、報われる報われないとはそもそも関係のない道をずっと歩いてきたとも思っている。実際、キャリアだけが重なって、ほとんど何もついて来ていない自分に愕然とすることもあるし、友人や後輩たちがどんどん自分を追い越してゆくなあと(いったいそれが何の基準にもとづいているのか、正確には説明できないくせに)寂しさのようなものを感じることもある。でも、これは隣の芝生は青いとか、あのぶどうは酸っぱいとか、いう感情じゃないんだ。むしろ、いつまでも最前線に、地べたに、誤解や無視が信頼と愛と同じくらい混じりあったまなざしの中に、立ち続けることへの奇妙な誇りもあって…うまく言えないんだけど、自分の中だけではっきりしているこの気持ちを、きみはまだわかってくれるだろうか。一体いくつになるまでナイーヴなばかげた生きかたをしてきたのか、と笑うだろうか。これこそが傲慢だ、と思い出して恥ずかしくなるだろうか。ナイーヴで傲慢なのはいまのうちに認めておくよ。それがあちこちで自分自身の足を引っ張ってきたのも。変なことを言うけれど、ぼくは音楽をやめるのはもう怖くなくなったように思う(とは言え、いざやめなくてはいけないときにはものすごい気分になるんだろうけど)。いまだに怖いのは、感受性を失うことだけだ、でも、そもそも感受性を研ぎ澄ましておきたいと思うことでさえ表現のためであるとしたら、きみにとってはそんなことはとっくに重みを失って、もっと別の何か――教養とか、実行力の伴った思いやりとか、そういったことのほうが大事な価値になっているのかもしれない。


 いろいろ書きたいと思っていたはずなんだけど、結局は自分の理屈っぽい愚痴をぶつけるだけに終わってしまった。いちおう、こんなことを昔の自分が言っていたよという意図で残しておくから、読み終わったら消しておいてもらえるだろうか。ただ、やっぱり何度でも繰り返すけれど、ぼくが気になっているのは、音楽が鳴り止んだ後にも生活は残るわけで、その後にもきみが無事生きているのか、暮しているのか、なにかちょっとでも誰かの役に立ったり、世の中のためになったりしているのか、ということだ。まあ、歌うたいより役に立つ生き方なんてたくさんあるだろうから、余計なお世話だといいんだけど。
 それから、最後にひとつ(失礼を覚悟で書くんだけど、自分のことだから大目に見てくれると期待する)。ぼくにとっては、できる限りきみがぼくの人生の続きの中に現れてくれないことが、いちばんの希望だ。でも、もしきみがほんとうに登場し、それがぼくらの望むものではなく、不本意の結果であったとしても、どうか過去を呪わないでほしい。ぼくはぼくの対価を、できるだけいま払っておくつもりだし、ぼくがここで得たり失ったりしたものが、きっときみの容貌や思想に結びついているんだから。後で出会うか出会わないかはおいといて、せいぜい、きみに少しでもいいものを残せるように、がんばるよ。ただしお金や名声はあてにしないでね。それじゃあ―Don't think twice,it's all right.
posted by youcan at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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