2014年01月30日

Try a little more tenderness(松本のこと、新美くんのこと)

 年が明けてから初めての小旅行。横浜から東京、そして松本と回った。
 もしかしたら当分は来れないだろうと思う場所もあるだろうと思い、できるだけゆっくりと移動して、いっぱいに街の空気を吸い込んで、ことば数を費やして話をした。
 お世話になってる人にもたくさん会えた。足を延ばしてみたいと思っていたところへも行った。海も山も空も見た。自分の暮らしている世界が、どれほど豊かで恵まれているか―あらためて噛みしめながら。


 最終日は松本。この街へ通うようになってから、じつはまだ日が浅い。術の穴からのリリースがあって、そのつながりで瓦レコードに呼んでいただいたのが初めだから、ほんの二年あまりのはずだ。その間にいままで五度ライブをしている。夏の盛りにも二度、春先に一度、そして今回が三度目の冬。
 初めて訪れたときは雪だった。打ち上げは鍋。民家の間取りをほぼそのままを使った瓦レコードの店内、ぼくらが鍋している部屋の隣の応接間では別のDJイベントがはじまっていた。バーカウンターにはただ飲みに来ただけのお客さん。なんて自由な場所だろう、と驚いたのを記憶している。

 今回のライブはその時に共演した新美くんのお店、Give Me Little More.が会場だった。瓦レコードからすこし駅のほうへもどったところ、相変わらず女鳥羽川沿いの、今度は古い喫茶店を改装したお店。いまだに看板はまだ「シエラ」のまま。改装ということばをはみ出して、イベントスペースは隣の居住空間に壁をぶちぬいたという、なんとも豪快な設えになっている(バースペースとの通用口には扉がついているけれど、あきらかに奇妙な接続で、一緒にいったミワさんは一目で「これ、もともと別の建物よね」と見破っていた)。普段はバー営業がメインだが、じつはライブもできる、自主映画上映もやる、トークイベントもある、アジトめいた場所。松本の中心部をふらりと歩けば、まず目につくのがよく保全された風情ある町並みだが、じつはこういうレトロな建物を再利用したDIYっぽいスペースもけっこうあって、とくに女鳥羽川沿いでは街づくりがカオテッィクなせめぎ合いを示しており、なんだか京都に似ている気がするのだ(京都のほうがエネルギーの拡散率は高いけれど)。

 厳密には新美くんとの出会いは、最初の共演からさらに数週間さかのぼる。彼が仲間たちと作っていたフリーペーパー『隙間』(http://sukimapaper.com/)で、特集の一環として電話インタビューがしたい、というメールをくれた。信州大学の学生が中心となって「地方文化について再考する」をテーマに発行されていたこの無料誌の、最後となる号だった。富山から京都へ出て、東京で数年暮らしまた京都に戻っていった<ゆーきゃん>という人の、歌をうたいフェスをつくりCDショップをやるというちょっと変わったあり方に小さなヒントがあると思ってくれたらしい。遠くの街の、商業目的でない媒体からこうしたオファーをもらったことは初めてで、とてもありがたかった。さっそく電話で取材を受け、いつものことながらまた長い話になった。電話代のことを思うといまでも申し訳ない。どうせ翌々週には会うんだし、結局いつもたくさん加筆修正するんだから、工夫すればよかったんだけど…でも、そのおかげで、鍋を囲んでいろいろな話をするときには、たとえば<DIY>とか<ローカル>とか<クロスオーヴァー>とかいうことばが上滑りの理想論で終わらずにすんだのも確かだ。のちにふたりがそれぞれとってきた動きを考えると、あれがよかったのかもしれない。
 まだ学生だった新美くんだが、学校で勉強していること、『隙間』の制作を通じて実践したり経験したりしていること、そしてサロンのようなフリースクールのような空気をもつ瓦レコードに出入りすることで(たしか当時瓦のバイトだったはず)吸収していること、それらが自分の内側で絶妙な塩梅に混沌としていて、なんだかとても面白い人だなあと思った。ただ、彼のなかではその混沌が多少の悩みだったようで、就職するか、自分でなにかやるか、決めかねている風だった。打ち上げの勢いもあって、適当な気持ちで(瓦のオーナーのSleeper君とのやりとりがいいコンビだと感じたこともあって)「新美くんが瓦やりなよ!」と云ってしまったのをぼんやり覚えているのだが、まさかあの軽口から始まって、瓦をやるどころかついには自分のお店まで出してしまうところまでは想像しなかったなあ。

 Give Me Little More.の内装は去年の夏、オープン記念のイベントにも呼んでもらったときとあまり変わっていなかった。ありあわせ、という言い方がほめ言葉になるかどうか分からないけれど、この、がんばらず、あえてこだわりを少なくして、それでいて居心地のよさのを作ろうとしているところが好きだ。それが逆に「いい感じ」になる。
 嬉しかったのは、耳なりぼうやの長橋くんが出てくれたこと、そして、井原さんが長野から電車に乗って遊びに来てくださったこと。じつは、新美くんと出会った初松本の夜、他の2人は井原さんと永橋くんだったのだ。あの夜の四人がまたそろったことになる。二年ぶりの長橋くんの歌はとても成長していたように思えたし、井原さんに先月のアバンギルドのお礼を言えたのもよかった。しかもそれだけではない。ジュリー・ドワロンとのツアーでお世話になったちふみさんも駆けつけてくださって、すこしお話できた。彼女があたらしく始めようとしているプロジェクトはとても意味深いものだと思う。これからぼくが携わってゆこうとしていることと若干リンクもするし、微力なりとも何かでサポートするつもり。さらに驚いたことに、なんとサイクロンズのホーリーくんと拾得にいたゆかりちゃんの夫妻が安曇野から見に来てくれた!ぼくと同じ時期に京都から地元に帰ったのは知っていたけれど、まさかこんなところで会えるとは。ニッポンは狭い、「またね」は社交辞令じゃない、そして旅はするもんだね。

 到着したお昼過ぎにはまだ下がり切ってなかった気温も、終演後にはすっかり松本らしい寒さに。「京都から富山に戻ったときも、底冷えなんかなんでもなかったんだ、富山のほうがよっぽど寒いやと思ったんだけど、やっぱり松本はそれに輪をかけて冷えるね」と云ったら、長橋くんがちょっと嬉しそうに「よかった、それがアイデンティティですから」と笑った。翌日は快晴、空には見事な空色で雲ひとつなく、山並みが白く光を放っている。午前11時半、ふと駅の電光温度計を見ると、マイナス2℃と書いてあった。寒さがアイデンティティというのは、きっとすてきなことなんだ(もちろんこの街がそれ一つだけじゃないのは云うまでもないけれど!)。


posted by youcan at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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