2020年05月05日

『うたの死なない日』雑記(3)ノアの蛙

ノアの蛙

芝生の底に眠る冷たい生き物
朝露に息を潜めて物語の始まりを待つ
夏空は音もなく画面から逃げ去り
青さのかけら 冷たい生き物は雨の夢を見ている 夢を見ている

どこまで行こう

たとえ愛より強い掟がきみを 洗い流したそのあとで
後ろ足を強く蹴ってきみを探すだろう

数え切れぬほどの音符を飲み込み響く方舟
命の重みより美しいメロディは終わりも知らず

指先には海の思い出

やがて知恵の実たちが新しい庭 爆ぜる時は喉を鳴らして
声の枯れる痛みのまま きみを探すだろう
どこまで行こう


雨蛙や殿様蛙は、眺めていても、その鳴き声を聞いていても、飽きません。春の夜、田んぼに鳴り響く彼らの大合唱に目を閉じてみるのが、ここ近年で一番好きな音楽体験かもしれないです。夏の朝、グラウンドの芝生の中で空を見上げているやつがいて、目を細めているような、恋うているようなその表情がとても印象的でした。その後は激しい雷雨になったように記憶しています。


YOUTUBEで誰かのお話をでたらめに再生しながら職場に向かうことが多いのですが、ランダムに入ってくることばの中にハッとさせられることがしばしばあります。あるとき同志社大学の小原克博先生の授業の一場面が流れてきて、ぼんやり聞いていたところ、動物と聖書のお話になりました。『創世記』において描かれる天地創造の順序−たとえば3日目に草と果樹、5日目に魚と鳥、6日目に地の獣と家畜、そして人間という順番で「創造された」という記載−は、実は当時における最先端の科学の知見を反映している。つまり、観察の結果、生物の発生にある種の秩序があるということが「発見された」成果なのだ−これを聞いたとき、ひとりで運転しながら思わず「うわーっ」と叫んでしまいました。それ以来、蛙が5日目に生まれたぼくらの先輩なのか、同じく6日目に生まれたのか、ちょっと気になっています。(彼らの飄々とした面持ちを見ていると、地上に初めて上がったときのことを覚えているんじゃないかという気もしてきます)




ベーシックテイクはTOKEI RECORDSのコンピレーションに参加したときのものをもとにしています(一部差し替えたんだったかな)、ギターはアコースティックギターとエレキギターの二種類を試して、エレキギターのテイクを採用しました。もう一本の歪んだギターは吉岡くん。これが全編を通じて最後にレコーディングされたパートとなりました。こういう荒涼とした感じの表現は、自分にとってあたらしい引き出しを開けたように感じています。続けているといろんなことが変わっていく、面白いものです。





アルチュール・ランボーの「大洪水後」という詩からは、理想を掲げた再出発が、結局は破局の前の焼き直しに終わるという示唆を読み取ることができます(と、随分前に授業で聞きました。ほんとうのところは分かりません。ランボーは難しい…)。

専門家会議の提唱する「新しい生活様式」には、いま生きている生活世界から僕ら自身を引き剥がすという要素も多分に含まれています。そのような「方舟」にいつまでも潜み続けられる人は少ないでしょう。いま、みんなでどうやって生き延びるかを考え続けることは、みんなの(当然、政府や自治体も含めての)問題です。同時に、大洪水の後でどんな世界が立ち現れようとしているのか、目を凝らしておかなくてはならない−とても難しいことですが。多くのものが洗い流された後、大地の上に「ぼくらが(政府や自治体や議員や大企業ではなく)」もう一度どんな社会を望むのか、いまこそ必死で考え、話し、準備をしていかなくてはならないと思います。


『大洪水』の記憶もようやく落着いた頃
一匹の兎が 岩おうぎとゆらめくつりがね草との中に足を停め
蜘蛛の網を透かして 虹の橋にお祈りをあげた
ああ 人目を避けた数々の宝石 ― はや眼ある様々の花
不潔な大道には肉屋の店々がそそりたち 人々は とりどりな版画の面をみるような
遥か高く けじめを附けて重なった海を指して
めいめいの小舟を曳いたのだ (小林秀雄 訳)





posted by youcan at 10:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月04日

『うたの死なない日』雑記(2)グッド・バイ

グッド・バイ

季節の大きな海よ 誰もが漕ぎ出して行く
桟橋のこちら側で 手を振る年老いた春
忘れかけた傷たち浜辺に揺れて 
お別れが世界を染める
泳ぎ疲れた昨夜に まどろむ夢があれば
怒りに燃える明日に崩れぬ足場があれば
帆を開けよ 潮風 ポケットには狂いかけた磁石一つ


僕の中ではどうやら、春の海とは「ひねもすのたり(蕪村)」どころか、騒々しいものであるという思い込みが幅を利かせているようなのです。北陸の海は波と波の感覚が短いのか、いつ訪れても吠えるような音に出くわす気がします。
高岡という街に住んでいた頃、追い詰められたときには海を見に行き、あの波の音の中でいろんなことがどうでも良くなるのを待ちました。

だから、静かな海に出会うと、かえって心がざわつきます。
高岡の隣、新湊という街には潟があります。正確には「あった」というべきで、もう埋め立てられてしまったのですが、岸壁に囲まれて外海から隔てられた部分は残っており、右岸と左岸を結ぶ県営の渡し船が定期的に行き来する船着場は、寂れた待合所の佇まいも含めてとても静かな印象に満ちています。
感情を攪拌したいときには、ここにやって来ることにしていました。

春の歌、タイトルは太宰治からの拝借なのですが、中身はむしろ「グッド・バイ」ではなくて「津軽」に近い気がします。

“私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ。命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では失敬”



録音は、アコースティックギターとベースを一発録りし、さらに谷くんのマンドリンを重ねたものです。その場で「こんな感じ?」「いや、ここはトリルを効かせたフレーズを・・・」みたいなやり取りをしながら録っていきました。レコーディング当日まで曲を書き換えていたので、ちゃんとしたデモを岩橋くんに聴かせることができず、彼も?を頭に浮かべながら弾き始めたのですが、さすが長い付き合い、きっちりまとめてくれました。吉岡くんに出したミックスのリクエストも「彼岸チックな感じで」という乱暴なもの。つくづく人に恵まれています。(甘えてはいけないと知っているんです・・・ほんとうは)
posted by youcan at 07:33| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月03日

『うたの死なない日』雑記(1)烏  

飛び立って あとは濁さずに
坂道を 鮮やかに渡って
廃車置場の向こうの空に 思い出たちがはためいた頃 
ゴールラインに滲む夕暮れを 撃ち落としに行く

薄紅の遠い 遠い予感よ 
稲穂の海 黒い狙撃手は
帰る寝ぐらも忘れただろうか 羊雲たちの笑うその傍ら
鉄塔の上 息を潜めていた 瞬きもせずに

聴こえるか 鳴り響く世界が
鼓動だけを振り払おうとしてみても
失われずにその高さのまま
独りぼっちで
燃える翼抱いて 飛び続けて行けよ


『うたの死なない日」を作るにあたって集まってくれたメンバーに「カラス・クインテット」という名前をつけたのは、最初に録ったのがこの曲だったからという単純な理由でした。


集落のはずれに農業用水が流れていて、道路との境にある柵によくカラスが停まっています。その先には田んぼが国道を越えてずっと広がっている、ところどころに鉄塔が立っていて、送電線がそれらを繋ぐように伸びているー
そういう景色が出発点です。


カレル・チャペッック(“ロボット“ということばを発明した作家です)が書いた「宿なしルンペンくんの話」という児童文学に、白いカラスが出てきます。カラスは街角で出会ったルンペンの名前が「マーク・キング」であることに驚き、彼を文字通り自分たちの王様に推挙しようとする(マークは善意に溢れる正直者で、「君は鳥の中の白いカラスだ」と警察官に賞賛された経歴があります)のですが、マークはパンの切れ端を探して何処かへ行ってしまいます。それ以来白いカラスは配下の黒いカラス命じてマークを捜させ、だからカラスは「マーク、マーク」と鳴きながら空を飛ぶんだよ、というお話。


1930年代のチェコで書かれたこの話の背後には、ナチスが主張する「生産性」への抵抗が隠れていると、どこかで読みました。役立たず、はみ出し者、何を考えているのか分からず、世間からはゴミをついばんで生きていると思われていても、果たして本当に無価値であるといえるのだろうか ― そういえば、旧約聖書でノアが洪水のあと最初に放ったカラスは、陸地を見つけることもできずに方舟から出たり入ったりして、いったい何のために登場したのかよく分からない書かれようですし、ルカ伝にはもっとあけすけに「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない」と、いわば役立たずの象徴のようにされています。そのようなカラスにさえも神の愛は分け隔てがないのだ、と。ぼくはキリスト者ではないのでこの一節を真に深く解釈することは出来ませんが、人間の社会には古くから「無益なもの、暗いもの」に対する嫌悪が根深くあったと同時に、それらを人間の本質的な一側面として受容し、共に生きようとするヒューマニズムもまた同じくらい昔に遡れる、ということくらいは読み取ってもバチは当たらないだろうと思います。


ともあれ、あの濡羽色のうつくしい鳥が太陽の位置を知っており、親切な人間に返礼を行い、仲間に危機を伝えあったり、はては死を弔うような(実際は違うにせよ)風習さえあったりするのだという話などがぼくの中に積もり積もって、カラスをこの曲の主人公として選ばせたのでしょう。京都に住んでいた頃も、東京で働いていたときも、明け方まで飲んでふらふらになりながら帰る駅前にはいつもカラスがいました。京阪丸太町駅の階段に並んで停まっていたあいつは、毎朝となりに腰掛けるぼくの顔を見て何を思っていたのでしょうか。



ベーシックテイクではアコースティックギター、ベース、ドラムを一斉に録り、ギターはその後差し替えました。岩橋のベースとrickyのドラムは三度目のテイクくらいでOKとなったように覚えています。低いところを歌っているコーラスは自分の声、ユニゾンはおざわさんです。典型的なサッド・コア調の曲で、吉岡くんのミックスが一番出したい部分をすっと出してくれています。つまりはこれがぼくの基調低音だと言えるかもしれません。
posted by youcan at 07:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする