2015年06月18日

無題618

遠い風の匂いが一瞬 わたしたちを捉える
雷鳴 そして激しい雨 草原に吠える夏の暗い影

水かきを持たない丘の獣たちが 魚たちの夢を見る大洪水の前夜
大切なものが何だったのか かれらは果たして覚えているだろうか
あるいは ついぞ知ることもなく 波打つ季節の袖の奥深く 沈んでしまうのかもしれないがー

それでも言わなければらない

わたしがきみに贈るのは 栄光に輝く髪飾りでも 飼いならされた鉛の首輪でもなく
たとえば 燃えるようなたてがみの獅子が 貪欲に今日を追いかけたその眼差し
たとえば 追いすがる豹を突き放し 明日に辿りつくまで走ったガゼルの息遣い
たとえば 分厚く立ちこめる雲の向こう側 やがて一斉に芽吹くであろう青空の胞子たち
きみの首に掛かるのものは ときに早く ときに静かにはためく 自分の呼吸ひとつでよい

さあ ゆくんだ そいつを携えて
嵐を越え 夜を越えて あの美しい朝焼けに頬を染めるまで
きみ 痩せっぽっちの荒くれ者よ
腕を横たえる場所は いつだってこのちっぽけな牧場の外だ
たとえどんなに眩い危険も 磁石にも似た恐れさえも
生きることの愚かさには 打ち付ける大粒の雨のような魅力には
抗うことができないのだから


 渡辺シュンスケさんとは、折に触れてご一緒させていただいている。この詩は2011年9月、シグナレスとシュローダーヘッズのツアー中に書いた。シュローダーの演奏に合わせて、池永さんがピアニカを吹き、ぼくが朗読をした。
 前回は一昨年、ウーララの14周年。& ARTの中本さんに協力していただいた企画で、シュンスケさんは林勇気くん、ぼくはメロウくんと、それぞれビジュアルアーティストとコラボレーションをしたんだっけ。cafelonは昔から知っていたし、マネージャーの吉田さんと知り合ったのは12年近くも前のことだし、今回がまだ3度目の共演というのは我ながら意外だ。
 意外だ、と書いてすぐに手のひらを反す。この人のキャリアを思うにつけ、そしてその立場に相応しいプレイを見せつけられるにつけ、ほんとうにこんなすごい人と一緒にやっていいのだろうか、と恥ずかしくなる。だって、佐野元春とか、リヴァース・クオモとかいった名前が、すぐ向う側にいるんだよ。音楽は名声でやるものではないけれど、日本語ロックのオリジネイターや、パワーポップの神様に、このピアニストは愛されているんだよ。なにより、そんな人が今夜は大ホールではなく地元の小さな会場で、共演のバンドマンたちに囲まれて、にこやかに酔っぱらっているんだよ。

 シュンスケさんがピアノを弾くと、ピアノが楽器だということを思い出す。ぼくは変なことを書いているだろうか。文字どおり、うつわ、だ。音が湧きだす器。もっきりやの、癖のありそうなグランドピアノが歌いだすのを聴きながら、部屋中が音で満たされてゆくのを見た気がする。

 そんなシュンスケさんと、今回は金沢ということで、noidのさんちゃんをドラムに迎えて、3人でセッションをした。ゆーきゃんのステージで3曲、"0764"、"サイダー"、そしてブルーハーツ"月の爆撃機"のカヴァー。続くシュンスケさんのステージではこの"Wild Thing's Arm"を。数日前に、一緒にやろう、とメールをくださったシュンスケさんだが、いざリハーサルで合わせようか、というときに「リリック忘れたよ」と(シュンスケさんが持ってきてくださることになっていた)。東京にいるマネージャーさんから送ってもらうか、どうやって?メール?ファックス?いや、間に合わないかもなあ。仕方ない、また一から書き直すか、とあきらめかけたころ、思い出したのが、ブログの古いエントリ。一旦ホテルの部屋に戻り、PCを借りて、持ち歩いていた自由帳に書き写した(ちょっと手を加えた)。

 詩のすばらしいところは、そいつを書いた季節、そいつを読んだ年齢、そいつが載った書物やそいつを取り巻いていた音楽の中に、いつだって帰っていけるところだ。そして、にもかかわらず、いつの間にか流れ去っていった時間や、変わっていった自分を感じさせてくれるところだ。あの頃、大きな地震があり、成功への淡い期待や苛立ちがあり、あきらめきれない夢や幸福があり、出会った人や傍にいてくれた人や離れていった人がいた。それはまったく確かなこと、同じようにあれからいま、この場所にぼくがいて、ここに至るまでのあらゆる移ろいもまた、まったく確かなこと。先週の日曜日、金沢は柿木畠で、そんな真実(大げさな言い方かもしれないけれど、これ以外には思い浮かべられない。ごめんよ)が、100均で買った自由帳の一ページにでっかく、書きなぐられたことばの内側と外側でまぶしく、輝いていたのだと言ったら大げさかな。

 翻って、いま、きみの書く詩は、きみのうたう歌は、きみの描く絵は、どうだろう。いつか里程標のように、ここからきみの歩く道のりを教えてくれる日が来るのだろうか。少なくともぼくは、あの頃こんな風になるとは思わなかった暮らしの中で、またどうなるか分からない未来に向けて、きみと、ぼくと、あるいはまだ見ぬ誰かとの約束のように、書き続けよう、うたい続けようと思うよ。たとえ果たされなかった、反故になった約束も、けしてただの紙屑ではなく、なにかできたかもしれないことの設計図、それに向かってきみが何かを積み上げたとしてものたちの記念碑として、残しておいたっていいんだと思うよ。


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2015年03月18日

ぼくの白い車(で海へ行こう)、あるいは西陽が射すような音楽を

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 兄が中古車販売店で働いています。こちらに帰ってきて、就職をするお祝いに古いスズキ・ジムニーを降ろしてくれたのが、ちょうど一年前の今日、3月18日のこと。学生の頃、かたくなに「乗ったら死ぬと思う。運転は絶対にしない」と言っていたのが嘘のように、いまではどこへ行くにも車・くるま・クルマです。

 本音をいうと、ほんとうはもうすこし、ゆっくり歩く暮らしを取り戻したくもあるのです。それでも、自動車のおかげで自分の生まれ育った県をもっと好きになることができたのは確かでした。この一年、仕事で、プライベートで、つらいときにどうしたか ― 海を見に行きました。日本海は太平洋と違い対岸のある、限りのある海ですが、ちっぽけな自分にとっては充分に広い。そして能登半島のほうへ向かえば、天気のいい日には海の向こうに白い立山連峰が浮かび上がっていたりするのです。また、市街地から遠く離れた半島を北へ分け入り、ひとっ気のない海岸沿いの適当なところで車を停め、ひたすら波の音に耳をすましていると、こころの中の雑音が徐々に小さくなっていくのが分かりました。
 先日は、亀岡からやってきた友人たちに付き合って氷見の民宿に泊まったところ、漁港の向こうからやって来る朝日を拝むことができました。以前、気仙沼の朝焼けのことをこのブログに書いたことがありますが、日本海側にも太陽が昇る海があったんですね。あまりに嬉しくて浴衣ひとつ、草履をつっかけて雪の埠頭へ飛び出して行って、笑われました。twitterのアイコン、あの自殺志願の肺病持ちの書生崩れみたいな写真はそのときのものです。

 いまから十年前のぼくが、つらいときに頼っていたのは川でした。鴨川です。二十世紀の終わり、京都へやってきて以来、お金がなくてスタジオに入れずギターの練習をした春の夜も、覚えたばかりの酒よりも花火のほうが何倍も楽しかった夏の朝も、思うようにいかない誰にも認めてもらえない(と思い込んでいた)気持ちを水に流した十月の独りぼっちの誕生日も、金色に枯れた芝生に寝転んで凍えながら詩を書いたばかげた冬の午後も、あのまっすぐ下ってゆく、小ざっぱりした、歴史の鏡のような川でした。現在こちらでの暮らしについて、さして不満はありはしないものの、しいていうなら鴨川が欲しいかなあ(金沢の犀川はどこか鴨川に似ています。ちょっと嫉妬します)。
 そんな鴨川沿いの砂利道、川端丸太町から少し上がったあたりで撮影した写真がジャケットになっている、ゆーきゃんのファーストアルバム『ひかり』が、今日アナログで再発となりました。2004年オリジナル盤のリリース当時、まだCDが数千枚単位でばんばん売れていた時代にイニシャル数が300にも満たなかった作品が、ダウンロードコードも付けない不親切パッケージで100枚を越すオーダーをいただいているとのこと。ありがたいことです。
 
 ジャケットをデザインしてくれたのはIPPIという人です。松谷一飛。BOREDOMSや井上薫さんのアルバムも手掛けるこのビジュアル・アーティストは当時はまだ京都に住んでいました。主にクラブイベントのフライヤーデザインなどをしていたIPPIくん、ひょんなきっかけで、そして何故か、ゆーきゃんを気に入ってくれて、ゆーきゃんの何かデザインしたいな、と言ってくれました。嬉しさあまって「いまアルバム作ってるんだ、ぜひそいつを!」と言ってしまったものの、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、彼の作風は、ビビッドで、コズミックな世界を持つものです。どうなるんだろう、こんな地味で荒涼とした音楽と果たして合うのだろうか、気がかりでした。

 その不安を知ってか知らずか、IPPIくんがまず掛けてくれた言葉は「鴨川、一緒に散歩せえへん?」。そして、あのジャケットの写真が撮られたというわけです。

 撮影場所は、ぼくが上京したての頃に歌の練習をしていた段差の前。置かれている草履は、当時ぼくが好んで履いていたもの。揃えていないのは、そのとき二人で交わした − 自殺する人は靴をそろえる。それはきっと<行き詰まった>というメッセージなのだと思う。もし、そろえてしまった靴を半歩でもずらせたら、希望が湧いてきたかもしれないのだ − という会話にもとづいています。
 内容については、もうぼくには判断することができませんので各所のレビューを参考にしてください。ただ、おまえあんな風に言ってたやんけ!と突っ込まれないように、40日も前にtwitterで呟いた140文字を、もう一回ペーストして、今日の日記(ひさしぶりすぎてもう日記とは呼べませんね)の締めとしますね。

 「拙くて、儚くて、痛くて、ローファイ。ファーストアルバムは二度ないものですが、まさしくあの『ひかり』は2000年代はじめの、迷いに満ちていたゆーきゃんにしか作り得なかった一枚だと思います。ぼくはもう恥ずかしくてよう聴かんので、みなさん代わりに針を落としてください。」
posted by youcan at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々、時々雨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月06日

HELLO HELLO IT'S GOOD TO BE BACK

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 2015年が始まりましたね。

 毎日を流れる時間の総量は変わらない、変わったのは日々の速度に肌で触れるきみ自身の感度のせいだと、どこかで読んだ本に書いてありました。
 今年はどんなふうに流れ去って行くのでしょう。ぼくたちは何を掬い取ることができるでしょう。

 年末は仕事納めも早々に福岡まで飛び、名古屋へ行き、京都でも三本ライブをしました。打ち上げも、そのあとも続く夜遊びも、できることは全部やりました。寝る間も惜しんで、とはこういうことを言うのだろうと思います。
 旅をすることのなかには、いろいろな行為が含まれています。空気に触れること、景色に出会うこと、人に出会うこと、お酒や食べ物、ミュージシャンにとっては音楽を奏でることも聴くことも含まれる。2014年の終わり際、ぼくは一年間の不足分を埋める勢いで旅をしました。少々欲張りすぎたらしく、富山に戻って風邪をひきました。ほんとにばかだなあ。

 そういえば、去年は、ぼくにとって活動開始から15年、ファーストアルバム『ひかり』のリリースから10年にあたる年でした。こういうことを後から言い出すのが我ながらまた格好わるいのですが・・・ともかく、節目にあたる年のさらに大詰め、12月29日に名古屋のバー”Hunny−Bunny”で「ソフテロ、YOK.、ゆーきゃん」というラインナップのライブがありました。

 YOK.さんは、知り合ってまだ3年にも満たないのに、なんだか不思議な親近感を覚えるSSWです。とくにこれといって深い話をするわけでもないのですが、歌との距離感やイメージの描き出し方がぼくの理想に近いからでしょうか。そして何気ない話のなかで、はっとするようなことを彼女が言うからでしょうか。
 昨年の2月、その時は間違いなく休業するつもりで「当分最後の名古屋!」という触れ込みのもとに開催したライブ(奇しくも今回と同じくTSURUくんに主催とDJを頼み、ryoheiさんのお店drawingが会場でした)に来てくれた彼女から、別れ際に貰ったことばは「どうせ、すぐ戻ってくるよ、ゆーきゃん君。やっぱりやめられませんでした、とか言って。そしたら、ばかだなーって笑いながら拍手で迎えてあげる」でした。そして、実際そんな風になってしまうのですね。はい。ばかです。でも一年経って、ただいま、やっぱり無理でしたよ、という報告を彼女にきっちり伝えられてよかったです。
 久しぶりに見たYOK.が素晴らしかったことも特記しとかなくちゃ。今更詳しく思い出すのも面倒なので突き詰めはしませんが、昨年の私的ベストアクトではないかと思うくらいです。あれほど丁寧かつナチュラル、繊細なのに素朴で、奥ゆかしいアイディアと奇をてらわないスタンダードがぴったりと同居した歌は、なかなか聴けないんじゃないかな。

 ソフテロ石川君は、同い年です。知り合って14年になります。実は、ゆーきゃんが京都府外へライブに出かけていった最初の土地は名古屋でした。そしてそのときの共演がソフテロだったのです。
 石川君の歌は、変わっていませんでした。60年代ブリティッシュもマイアミソウルもNRBQもスーパーチャンクもぜんぶ飲み込んで、でも結局は自分なりにしか歌えなかった、不愛想で心優しい歌。初顔合わせで演奏したのと同じ曲を、石川君は歌ってくれました。ぼくが彼のライブを見たフロアでの位置、打ち上げで話したこと、宿を取っていなくて心配をかけた主催のシルヒさんの顔、ライブハウスの前で写真を撮ったときの暑さ、めちゃくちゃに混んでいた十八きっぷ、自業自得の泥沼みたいな失恋(これは余計か)、一度にぜんぶ、思い出しました。まさに夢から覚めたみたいに。 

 彼が、その日のことをブログに書いてくれています。とても素敵なので、読んでみてください。
 http://blog.livedoor.jp/softero/archives/52057636.html

 ステージから石川君に向かって「つづけるよね、死ぬまでやるよね」と呼びかけたとき、一番びっくりしたのは、間違いなくぼくでした。照れもせず、臆することもなく、かといって高揚することもなしに、まさかあんなことをあんなに平穏な気分で言えるとはね。

 石川君がブログの中で書いている「音楽の側」という表現。
 うん。たしかに、いま、ここに居られて、心からうれしいと思っています。

 ぼくにとって(みんなにとってもそうだと思います)去年はいろいろあった年でしたが、一番大きな変化は「あなたにとって音楽とは何ですか?」という問いに対する答えでしょうか。いまは、胸を張ってこんなふうに言える−音楽は趣味です、そして生きる糧です。

 手段にならず、犠牲にならず、
 目的が目的でしかないことは、なんと幸福なことなのでしょうか。
 ぼくは、2014年、音楽との心地よい関係を取り戻したのだと思います。
(それが正しいというわけではなく、ぼくと音楽との距離は、このくらいがふさわしいということです。それがぼくにとって「音楽の側」に帰ってくることだったのだと。)

 願わくは、どんなことにおいても、大切なものとの関係は、それ自体を目的としてありますように。ほかの何かのために何かを使うのであれば、それはもう、きみにとってほんとうに大切なものとは言えないのですから。

 さて、慌ただしく駆け抜けた年末から一転、2015年のゆーきゃんのライブはまだ一本しか決まっていません。2月7日(土)、金沢アートグミにて、TOPSの来日公演(なんと初日!)に出演させていただきます。

 それ以降の予定は未定。春が来るまでにレコーディングを始めたいと考えているのですが、玄さんをはじめ、メンバーの都合もあるのでどうなるかはまだわかりません。でも、いい曲は着々とできていますよ(30日に生で聴けたみなさん、あれはまだ一部ですが、「ゆーきゃんの新曲、やばかったで…」と言いふらしておいてください。ハードルを越えられるように頑張りますので!)。早くみんなに聴かせたいな。

◇2015年2月7日(土)金沢アートグミ
「Magical Colors Night」
開場16:30 / 開演17:00
前売2,800円 / 当日3,300円 / 学生2,000円(共に1ドリンクオーダー別)

noid
TOPS(Canada)
SOUR
Turntable Films
OLDE WORLDE
ゆーきゃん
DJ 岡村詩野

チケット予約 / 詳細お問い合わせ
magicalcolorsnight@gmail.com
(予約の際は@お名前 A連絡先 B枚数をご明記ください) 

*タワーレコード金沢フォーラス店、TSUTAYA金沢店、新星堂アピタ松任店にて「2.7 Magical Colors Night 出演アーティスト無料サンプラーCD」が入手できます。ゆーきゃんはTurntable Films「evil tongue」のカヴァーを提供しました。ライブと併せて、ぜひ。各出演者の詳細は↓の画像を2度ほどクリックしてみてください。
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posted by youcan at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする